『経典釈文』の一字が読めました


高橋均先生の『経典釈文論語音義の研究』(創文社、2017)を読んでいたところ、版本の『経典釈文』と正和本『論語集解』(東洋文庫蔵、重要文化財)に書き入れられた『経典釈文』との間には差異があるという話がありました(同書、p.53)。微子篇「身中清,廢中權」の釈文です。

showa2

  • (廢,)方肺反。馬云:棄也。鄭作發,動貌。(通志堂本『経典釈文』巻24、第21葉表)
  • (廢,)方肺反。馬云:棄也。鄭作癈,江熙同,謂:癈,。(正和本『論語集解』の書き入れ)

高橋先生の議論の重点は、『論語』注釈者の江熙が基づく本文が鄭注と一致する、というところにあり、それももちろん重要なのですが、私はどうも「馬云棄」の下にもう一字あるのが気になりました。

「旦」を上下に二つ重ねるような字です。いま、かりにという記号で表した部分ですが、高橋先生はこれを読んでおられません。

ふと、「置」字の異体字ではないかと思い当たりました。つまり、正和本の書き入れに引かれた『経典釈文』によると、馬融の訓詁は「廢,棄置也」となります。「棄置」とは、人材が用いられずにいることなので(たとえば曹植「贈白馬王彪」の詩に「心悲動我神,棄置莫復陳」とあります )、この文脈によりよく合います。『経典釈文』通行本の「棄也」というのよりも、由緒正しい本文であろうと思います。

「置」をこのように書く例については、史料編纂所の「電子くずし字字典」から、似たものをいくつか見出すことができます。

スクリーンショット 2017-08-23 17.26.27

広告

“『経典釈文』の一字が読めました” への 8 件のフィードバック

  1. 古勝 隆一先生
                           2017年8月25日
    ◎「『旦』を上下に二つ重ねるような字」。
    『異体文字集』(芝川町郷土史研究会・1973年刊)P.218に「置」の異体字としてご指摘の字が出ておりました。「『旦』と「且」とを上下に重ねた字」になっています。この書物は『電子くずし字字典』のように出典・年号は記されていませんが、大石寺の坊さんが古写本(主に日蓮宗系統の内典と思われます)から丹念に異体字を集めた書物だそうです。
    『異体文字集』には、「あみがしら」の異体字が幾つか並べられていますが、「あみがしら」を「旦」と表記した字は一つも見当たりません。「罸(罰)」や「覉(羇)」などは由緒正しい異体字のようですが、この「置」の異体字は、日本の写字生によって作られた字なのでしょうか。あらぬ所に興味を持ちました。藤田吉秋

  2. 藤田さま

    コメントくださいまして、ありがとうございます。日本の書写習慣については、もっと習熟したいと思っておりますので、ご紹介の『異体文字集』も参考にしたいと思います。

    「置」は、敦煌の写本の中に、少し似た形がありました。
    http://shufa.guoxuedashi.com/7F6E/556585.html

    これを見ると、あみがしらを「日」のように書いているのかと思っております。日本の略字と敦煌の略字、同時に見ると面白いかもしれませんね。

    ご関心をお寄せいただき、感謝いたします。

    学退覆

  3. 古勝 隆一先生
                           2017年8月29日
    ◎「『棄置』とは、人材が用いられずにいること」。
    謂虞仲夷逸。隱居放言、身中清、廢中權。
    馬曰、「清、純潔也。遭世亂、自廢棄以免患、合於權也」。

    「棄置」を「人材が用いられずにいること」と解釈すると、同じ馬融の注として「自廢棄」と矛盾しませんか。『経典釈文』の「棄置」は、「自廢棄」と同じく、「自ら世を逃れて仕えぬこと」ではないでしょうか。藤田吉秋

  4. 藤田様

    コメントありがとうございます。おっしゃるとおりです。ただ、自分の意思で仕えないのも、用いられないのも、状態としては同じく処士だということで、そこは触れずにおきました。厳密にいうとおっしゃるとおりなので、いずれ書き方を変えようと思います。ご指摘に感謝いたします。

    学退覆

  5. 古勝 隆一先生
                           2017年8月30日
    ◎「正和本『論語集解』(東洋文庫蔵、国宝)」。
    この本は、重要文化財では?藤田吉秋

  6. こういう「読めない字が読めた!」というのは、本当にうれしく思いますし、感動的ですね。

    日本での書き入れなので、くずし字データベースでいいと思いますが、くずし方が日本で生まれたのか、中国のものがあったのか、について言えば、
    http://shufa.guoxuedashi.com/7F6E/
    の一番下の米芾のものにくずし方はほぼ同一なので、どちらかと言えば中国に起源があるのかなと思っています。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中