日本のことは勉強したくない、という考え


齋藤智寛氏「『万葉集』と中国の思想」(『わたしの日本(ニッポン)学び』東北大学出版会、2017年、所収)を読みました。 個人的に、共感する部分が多く、かつての同僚である齋藤氏への敬愛の念が深まりました。

内容も素晴らしかったのですが、「はじめに」のところで特に心をとらえられました。長い引用になりますが、ご紹介させてください。

筆者は日本で生まれ育ち日本の大学に勤務しているのですが、これまでずっと母語や自国の文化に正面から向き合うことを避け続けており、大学で中国思想という専攻を選んだのも一つには日本のことは勉強したくないという思いがあったからです。筆者にとって、前近代の中国知識人がそうしたように儒家や道家の古典をひもとき、今の中国人が子どもの頃にそうしたように中国の児童書……などを読み、そうして習得した中国語で中国やその他海外の研究者らと議論することには、人生をもういちど生き直すような喜びがあります。中国の伝統思想に関心を持つには人それぞれの動機があり、日本人であれば自らの文化の源流を知りたいという欲求から漢文を読むことも大いにあり得るでしょう。でもわたしは、出来ることなら日本人として中国の古典を読みたくはありません。そうでなく、むしろ日本語が読める中国人のような驚きをもって日本の古典を読みたいと願っています。

齋藤氏のごく個人的な思いなのですが、私にも大いに思い当たるところがあります。決して、中国文化に関心を持つ日本人がみなそうあるべきだ、といった話ではありません。ただ、齋藤氏や私はそうだ、というだけです。

そのことは、ごく個人的な思いなので、わざわざ人に言ったり書いたりする必要もないと思って生きてきましたが、齋藤氏がずばり書いてくださったので、こうして、私の思いを代弁するものとして紹介しました。

講演の記録ですが、その内容も立派なものです。文学・宗教・文化といったものへの繊細な目配りがあり、感慨深く読みました。

【追記】

最後までこの文章を読むと、「日本のことは勉強したくない」という思いから発して中国文化を学んでも、実はそう簡単にすまない網の存在が浮かび上がるのですが、それについては、書き尽くさず、文章を読む方の楽しみとしてのこしておきたいと思います。

広告

“日本のことは勉強したくない、という考え” への 3 件のフィードバック

  1. 古勝隆一先生

     『万葉集』と申しますと、10年以上前、学部時代にしごかれましたゼミが非常に懐かしく思い出されます。私は古典研究の基礎をこのようなもので学びました場違いな人間ですが、ゆえに何も申さずにはおられず、ご無礼を顧みず再びお邪魔いたします。当時は、研究室の伝統に反し、無理矢理漢文部分を担当し、また辰巳正明氏の著書などに興味がございました。今回ご紹介の本は、残念ながらまだいずれの図書館でも閲覧できる状態にはなっておりませんようで、拝見できておりませんが、近いうちに是非と思っております。
     中国学研究者がする日本学研究と日本学研究者がする日本学研究、いずれも概括することはできませんが、やはり両者が異なることは以前より感じております。ちなみに、私は学生時代、途中で中国学に転じた人間ですが、これは、日本についてはどちらかと言えば日本人の教養として知っておきたい、中国学の方が冒険心をかきたてられるという思いからでもあります。その後、少なくとも、当時の路線をそのまま進んでいれば出会うはずのなかった方々と出会い、以前とは異なる景色を見ていることは確実です。結果的に、日本学に新観点をもたらすことに、どこまで直結しているかは今のところ不明ですが。
     ただ、これは一般論であり、常に自分自身が反省すべきことでもあるのですが、他分野を研究する者(専攻した者)による研究は、基礎を十分に学んでいないゆえにこそ、斬新さが期待できるとともに、ある種の危険要素を孕みます。門外漢によるものであるといった偏見も伴い、専門家からは相手にされないということが、ないとは言い切れません。研究者各人の考えのみならず、学会や学内の専攻等の組織が閉鎖的であるためか、中国学研究者と日本学研究者は必ずしも有意義に交流できてはおらず、たとえば、中国学研究者が日本学を研究しても、中国学研究者しかいない場で満足するか、一方通行となり、日本学研究にはさほど影響を与えていないといったケースは少なくないように思われます。よって、互いに影響を与え合う環境が全体的に整備されていくことを切望しております。
     とりあえず、ご紹介の御本につきましては、微力ではございますが、学内で機会があった際に宣伝させていただきます。

  2. コメントくださいまして、ありがとうございます。

    わたくしもいずれ、(自分の理解し得た範囲での)中国文化と、(自分の認識する)日本文化との間に橋を架けることができれば、と願っております。

    しかしそうする前に、時間をかけて中国の伝統文化を理解したいと思うのです。あくまでも個人的な思いです。

  3. 古勝隆一先生

    ご返信いただき、ありがとうございます。いずれではなく、もうすでに身近なところからご立派な橋を架けていらっしゃいます。 匿名希望

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中