『《經解入門》整理與研究』


jingjierumen久しぶりに中国に出かけ、上海社会科学院の司馬朝軍先生(もと武漢大学にお勤めでした)のお目にかかったところ、全三冊からなる、新しいご著書をいただきました。

司马朝军
《〈经解入门〉整理与研究》
武汉大学出版社
2017年4月
ISBN978-7-307-18174-8

『経解入門』は、清朝の名高い儒者である江藩(1761-1831)の著作と伝えられ、光緒十四年(1888)にはじめてその石印本が世に問われたもので、その後、清末・民国時代には、経学の入門書としてよく読まれ、日本でも出版されています(弘文堂東京店、1930年)。

この書物の巻一「古書疑例」の内容が、別の有名な書物、兪樾『古書疑義挙例』の一部と一致した内容を含むことについて、1999年、漆永祥教授が指摘し、当時、漆氏は、後者が前者を剽窃したという一文を公表しましたが、その後、その内容が誤りで、前者『経解入門』は偽書であり、後者『古書疑義挙例』を剽窃したものであるとの指摘が相次いだようです。

本書『《經解入門》整理與研究』は、徹底的に『経解入門』を読み解き、この偽書が江藩の著作ではあり得ず、同書が鴻文書局主人、凌賡颺という清末の人物の手になる編纂物であることを考証し、そのうえで『経解入門』に詳細な注釈を施し、またその資料的来源(というよりも剽窃元)をいちいち突き止めています。

以上が上冊の内容ですが、中冊・下冊には、「国朝治経諸儒」(もともと『経解入門』に見えているもの)という清朝学者のリストについて、伝記資料を整理したものとなっています。

「『経解入門』は偽書ではあるが、それでもその存在価値はある」(前言、p.16)と司馬氏が評価する『経解入門』の注釈書である上冊が有意義であることは間違いありませんが、中冊・下冊もなかなか有益です。

非常に面白いことに、この書物には漆永祥教授の序文が掲げられています。漆氏は、1999年の説が様々に批判されたのを承けて、それを撤回し、反省の意を示す文章をすでに書かれていたそうですが、司馬氏がこの書物を出版するに際し、漆氏に序文の執筆を依頼し、また漆氏もそれを受け入れ、あらためて経緯の説明を潔く行っているのは、学術上の佳話であると言えるかもしれません。錯誤をおかした後のふるまいというものは、大切であると思い知らされました。

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“『《經解入門》整理與研究』” への 4 件のフィードバック

  1. 古勝 隆一先生
                           2018年3月17日
    ◎「『経解入門』は偽書ではあるが、それでもその存在価値はある」。
    漆永祥氏(1965~)の『江藩與《漢學師承記》研究』(2006年刊)P.106、第四章「江藩著述考『附:經解入門』」に、

    筆者曾據其卷一有“古書疑例”條與兪樾《古書疑義擧例》相似、撰文論兪書鈔自江藩、實不知此《經解入門》、乃假江氏之名爲之耳。後有司馬朝軍與李若暉、谷建、伏俊璉諸學兄先後發表論文、糾拙説之謬、・・・。

    とありました。脚注に拠ると、2003年、「讀書不謹的一次敎訓-關於拙文〈兪樾古書疑義擧例係襲江藩經解入門而成〉之誤」という論文にて鳧が付いたようです。
    ところで、近藤光男先生(1921~)の『國朝漢學師承記』(2001年刊)第一冊P.36に、

    ところで、江藩に名を托した偽書がある。

    と『経解入門』を江藩の著述の最後に挙げられています。『経解入門』の偽書であることは早くから周知の事実だったようです。近藤先生より44年も後生の漆氏が「實不知此《經解入門》、乃假江氏之名爲之耳」とは不思議な気もします。
    また、日本での出版を「弘文堂東京店」とされていますが、「京都弘文堂」ではないのですか。藤田吉秋

  2. 藤田様

    こんにちは。この書が偽書であることについては、倫明(1875-1944)が『續修四庫提要』に書いた解題で、「阮元序」の偽を説き、「就序斷之,書為贋作,殆無疑也」といったのが早いようで、顧頡剛も「記崔適先生」という一文(未見)で疑義を呈しているそうです。常識に属することなのかも知れません。兪樾の剽窃だ、と、漆氏が言ったことが物議を醸したということでしょうか。

    漆氏は、そういえば、『漢学師承記』の注釈においては、近藤先生の著作を参照していましたが、前世紀の段階では注意していなかったのかもしれませんね。

    弘文堂については、ご指摘ありがとうございます。修正します。

    古勝隆一覆

  3. 古勝 隆一先生
                           2018年3月19日
    ◎「鴻文書局主人」。
    近藤先生も漆氏も出版者を「鴻宝斎」とされています。漢籍データベースにも「鴻寶齋 石印本」と記されています。編纂者は「鴻文書局主人」なのですか。藤田吉秋

  4. 藤田様

    こんにちは。この本の封面は「鴻寶齋」で間違いありません(確認しました)。司馬氏が使っている資料は、「申報」1887年2月21日に載った「新開鴻寶書局」、そして同、1887年3月16日の「鴻寶書局書籍告白」という文で、それ以外にも『四庫全書提要』などの本を同書局が出版している事実を指摘しています。鴻寶齋・鴻寶書局、両様に呼んだようで、両者を同一とする判断は妥当と思います。

    古勝隆一覆

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