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「古今詞義不同辨析例」


昨日、『古代漢語』(修訂本,商務印書館,1999年)の「古今詞義不同辨析例」(同書上冊の99-122ページ)を紹介しました。古代漢語と現代漢語とで、ことばの意味が変化している例を取り上げて説明したものです。

以下、そこに挙げられている39の例を簡単に紹介します。

  1. 【愛】 古代では、愛する意、おしむ意、両義があったが、現代では前者のみ。
  2. 【謗】 上古では、その人のいないところで批判する意。後に誹謗中傷する意が生じ、現代では後者のみ。
  3. 【幣】 上古では、貨幣の意はなく、人に贈る礼物をいった。漢代以降、貨幣の意が生じた。
  4. 【斃】 古くは、たおれる意で、死ぬこととは限らなかった。魏晋以後、死ぬ意となった。
  5. 【兵】 上古では、主に兵器の意で、兵士・戦士の意はなかった。兵器から派生して、軍隊・軍事・戦争などの意が生じた。
  6. 【池】 上古では、主に壕の意。現代では「金城湯池」の成語に残る程度。
  7. 【除】 古代では、宮殿の階段の意と(現代では用いない)、除去する意(現代でも用いる)の二義。後者から派生して、古いものを取り去って新しいものを与える意(「除舊生新」)が生じたが、現代では「除夕」「除歳」に残る程度。
  8. 【黨】 古代では、集落、利害集団など。後者の意では貶義が多い。また荷担する意があった。
  9. 【貳】 現代では「二」と同音同義だが、古代では区別があった。もとは、第二・輔佐の意。また先秦には、ふたたびの意、二君に仕える、二心の意などもあった。
  10. 【訪】 現代では訪問の意だが、古代では他人に意見を求める意。中古以後、訪問の意が生じた。
  11. 【憤】 古代では、気がふさぐ意であり、怒る意ではない。漢代以降、不満がたまって感情を露わにする意が生じ、「怒」と近くなった。
  12. 【糞】 古代では、掃除する、かたづける意。そこから、作物のために除草して畝をつくって肥料をやる意が生じた。また、清掃により取り除かれた塵のことも「糞」といった。「糞土」はそれである。そこからさらに糞便の意が生じた。
  13. 【羹】 上古では、スープに入った肉料理のこと。唐宋以降の、とろみのあるスープ、ポタージュのことではない。スープでなく、具材に重点があった。
  14. 【購】 古代では、懸賞をかける意。ものを買うことではなかった。宋代に、高額にて買い取る意が生じたが、それでも単に買うことではなかった。
  15. 【館】 上古では、宿泊施設の意、また客として宿泊する意。漢代以降、壮大な宮殿を指すようになる。さらに宋代以降、学校を指すようになった。
  16. 【國】 先秦では、封建された諸侯の封地のこと。また、首都の意もあったが、現代では失われた。
  17. 【恨】 古代では、遺憾、残念の意。不満をも意味したが、それでも「怨」より程度が軽かった。現代では「恨之入骨」などというように、「恨」の方がうらみが深い。
  18. 【給】 上古では、第一に形容詞、食物が豊かに足りていること。第二に動詞、ものをささげること。与えるという意は少なかった。gei3と読まず、ji3と発音する。
  19. 【憐】 古代では、愛する、好む意。あわれむ意は、漢代以降に生じた。唐宋時代に常用される「可憐」は、かわいそうな・かわいらしい・うらまやしい・残念な・妙な、等等、さまざまな気分を表現するので、文脈に注意する必要がある。
  20. 【臉】 中古以後に生まれた語であるが、もともとは顔のうち頬骨のあたりのみを指した。現代の「臉」、すなわち顔を古代では「面」といった。
  21. 【賂】 古代では、礼物のこと、またプレゼントすること。現代では賄賂の意だが、古代ではそれを「賕」といった。
  22. 【勤】 古代では、体を疲れさせて労働する意。現代では、熱心、真面目である意が主。
  23. 【窮】 現代では「窮」と「貧」とは近いが、古代では区別があった。貧しいことを「貧」といい、生活が行き詰まる・仕官できないことを「窮」といった。「貧」は「豊」と対に、「窮」は「達」と対になる。
  24. 【去】 現代では、どこそこへ行く意。古代では反対に、どこそこを離れる意。反対になっている(日本語は古義を保っています)。古代では、ある空間や時間からの距離を示す意でも用いられた。「去武丁未久也」(『孟子』公孫丑上)など。
  25. 【勸】 古代では、奨励する意。現代では主に、説得する意で用いるが、この義は漢代以来のもの。
  26. 【乳】 古代では、子どもを生む意。また、乳を与えている時期の雌。「乳虎」などがその例。もちろん、母乳の意もあり、その義においては現代でも変わっていない。
  27. 【色】 古代では、かおいろ・表情の意。『楚辞』の「顔色憔悴」は、眉間にあらわれた表情の意であり、現代で色彩を意味するのとは異なる。女性の美しさの意は、古今を通じて変わっていない。
  28. 【售】 現代では、売る意だが、古代では、売れる意。「不售」は、ものが売れない、の意。「售之」は、売れるようにすること、つまり、買い取る意になる。
  29. 【樹】 上古では、植物を植える意として常用された。樹木の意の名詞としても用いられたが、漢代以降、広く用いられるようになった(現代における主な義)。抽象的なものを樹立する意もある。現代でも「樹立」などの語として生きている。
  30. 【睡】 古代では、座ったまま居眠りをすること。夜、就寝することは「寐」といい、やや後には「瞑」「眠」といった。唐宋以後の口語において、「睡」が常用されるようになった。ただし、唐宋時期の「睡覺」(shui4jue2と発音する)は、現代とは違って、目覚める意。
  31. 【塘】 現代では主に池の意だが、上古では、土手、堤防の意。「塘下」は、土手の下の意であり、池の底の意ではない。
  32. 【涕】 現代では主に鼻水の意だが、古代では涙の意。鼻水は「泗」「洟」と呼ばれた。また、上古には「涙」の語はなかった。
  33. 【誣】 現代では、特に事件を捏造して濡れ衣を着せる意だが、古代では、でまかせ・でたらめを言って人をだます意。「誣上」といえば、君主をあざむく意。
  34. 【寫】 古代では、書き写す意ではなかった。人やものの姿を鋳たり、刻んだりする意で常用された。後に、絵画に描く意。「寫生」などの語にその意が残っている。漢魏以降、書き写す意が生じた。「寫」は「瀉」の本字であり、注ぐ意。
  35. 【臭】 現代では、くさいという意の形容詞であるが、上古では、においという意の名詞。よいにおいにも悪いにおいにも、ともに用いられた。漢代以降、特に悪いにおいに用いられるようになった。中古以降は、名詞の「臭」をxiu4と読み、形容詞の「臭」をchou4と読む習わし。また上古には、動詞として、においをかぐ意もあった。
  36. 【淫】 上古の早い段階では、水がしみこむ意。また、ものが度を超す意で常用された。後に性的関係が度を超して正しくない意が生じ、現代ではもっぱらこの意で用いられている。
  37. 【獄】 現代では監獄の意だが、漢代以前は、裁判を司る役人、または裁判の意。漢代以前には、牢獄は「囹圄」といった。
  38. 【逐】 現代では主に追い払う意だが、上古では、ものや人を追いかけて捕まえる意。戦争の場面では追撃する意。「逐齊師」(『春秋左氏伝』荘公十年)と言えば、斉の軍隊を追撃して打ち負かす意であり、追い払う意ではない。
  39. 【走】 現代では移動する・歩く意だが、古代では、走る意。現代で走ることを意味する「跑」は、古くは逃げる意であった。なお、古代においても、「走」もまたしばしば逃げる意で用いられた。また、「走」には下働きの人間という意もあり、そこから派生して、自分自身をいう謙譲語としても用いられた。

時代とともにことばの意味も変化します。ここに挙げられているのは、見やすいものが多いわけですが、これ以外にも、日々の読書においては時代による変化に敏感でありたいものです。

現代漢語と古代漢語


昨日、『古代漢語』(修訂本,商務印書館,1999年)を紹介し、同書の中に「詞義分析舉例」というセクションがあり、重要な語彙を説明している、と指摘いたしました。

「詞義分析舉例」の第一として「古今詞義不同辨析例」(同書上冊の99-122ページ)が載せられています。これは、古代漢語と現代漢語とで、ことばの意味が変化している例を取り上げて説明したもので、大いに興味を引かれました。

かねがね私は、古代漢語を学ぶには現代漢語の学習が必須であると主張しているのですが、現代漢語を基礎として古代漢語を学ぶためにも、両者の差に敏感であるべきと心得ております。現代漢語(中国語)を学びさえすれば、古代漢語(文言文)が読める、というほど、簡単ではありません。

『古代漢語』では「古今詞義不同辨析例」として、39の例を挙げています。

「愛」「謗」「幣」「斃」「兵」「池」「除」「黨」「貳」「訪」「憤」「糞」「羹」「購」「館」「國」「恨」「給」「憐」「臉」「賂」「勤」「窮」「去」「勸」「乳」「色」「售」「樹」「睡」「塘」「涕」「誣」「寫」「臭」「淫」「獄」「逐」「走」

ざっと見渡して、現代漢語と古代漢語の差、お分かりになりますか?たとえば「走」は、現代漢語では移動する、歩く意となっており、走る意が失われています。これなどは、分かりやすい例でしょう。しかし中にはよく話を聞いてみないと分からないものもあります。

「学退筆談」では、次回、これら39の例を簡単に紹介したいと思います。よろしくお付き合いください。

商務版『古代漢語』


商務版『古代漢語』
商務版『古代漢語』

先日、『王力古漢語字典』(中華書局,2000年)を紹介しましたが、その編者は、王力、唐作藩、郭錫良、曹先擢、何九盈、蔣紹愚、張雙棣の諸氏でした。

いずれも北京大学中文系の先生方ですが、そういえば、メンバーが商務印書館版の『古代漢語』の編者とずいぶんと重なっていることに気がつきました。

『古代漢語』(修訂本),
郭錫良、唐作藩、何九盈、蔣紹愚、田瑞娟編著,
商務印書館,1999年。

全篇を通読したわけではないものの、この商務印書館版の『古代漢語』は、教科書としてかなりよくできていると思っています。

典型的な文章を取り上げて語釈を加えているだけでなく、「古代漢語常識」というセクションを設けて学習法や常識を紹介したり、「詞義分析舉例」と称して、重要な語彙を解説したりと、なかなか充実しています。上下2冊、葉数にして1123ページというのも、多いといえば多いのですが、読みこなせないほどの分量というわけでもなさそうです。

まず1981年に北京出版社から刊行され、ついで1996年に天津教育出版社から修訂本が世に問われた、とのこと。商務版に冠された郭錫良氏の「改版説明」によると、天津教育出版社版では多くの誤字を出してしまったため、あらためて上記の商務版が出版された、という事情のようです。

『古代漢語』郭錫良等編,北京出版社,1981年。
『古代漢語』(修訂本),郭錫良等編,天津教育出版社, 1996年。

この商務印書館版『古代漢語』は、真の修訂版、といえそうです。

ところで、『古代漢語』というと、王力主編のものがまず念頭に浮かびます。

『古代漢語』(修訂本)王力主編,第1-4冊,中華書局,1980年。

私は学界事情に疎く、王力主編『古代漢語』と、郭錫良等編『古代漢語』の関係を知りません。王力と本書との関係について、郭錫良氏「修訂本序」に次のように書かれています。

最後に説明すべきは、王力先生は我々の師であり、先生は本書初版(特に上冊)の編輯・執筆に少なからぬ時間と精力とを費やしてくださり、林燾先生もかつてこの計画に参加してくださったことである。彼らは本書初版の校訂者であり、ここで我々は深い懐念と謝意を表したい。

このように王力とのつながりが強調されているわけですが、ただ、王力主編と郭錫良等編、なぜ二種の教科書『古代漢語』が存在するのかについては、何も語っていません。わけがあるのでしょう。博雅の読者のご教示を待ちたいところです。