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『敦煌経籍叙録』


 1900年、敦煌莫高窟から写本が発見されて以来、110年、敦煌学は大きな発展を遂げ続けています。近年においては、北京大学の栄新江氏、京都大学の高田時雄氏など、大きな影響力を持つ大学者もプレゼンスを示して、敦煌学は活況を呈しています。

  どの学問分野でも同じかと思いますが、学術的な研究が進めば進むほど、分野の細分化が問題として浮かび上がります。その分野全体を見渡すことが難しくなるのです。しかし、中国の学術においては、学術全体を見渡そうとする意志が存在しています。それが「目録学」であり、それゆえにこそ、目録学は「学術の史」と呼ばれるのです。

  敦煌学においても目録学が存在し、目録書が存在します。その代表が、王重民『敦煌古籍叙録』(商務印書館, 1958)です。王重民が欧州で敦煌文献を調査したのは1930年代ですから、この目録にまとめられているのは、その当時の成果を基礎としている、ということになります。このような比較的に若い学問分野においては、研究が日進月歩ですから、いくら優れた目録であったとしても、更新し続けることがどうしても欠かせません。その意味で、「敦煌文献の目録」として、王重民を超えるものが、長く出なかったのは残念なことでしょう。

  このような状況の中、2006年、世に問われたのが、浙江大学の許建平氏の手になる『敦煌經籍叙録』(中華書局)です。ここにいう「經籍」とは、経学の書籍、の謂いであり、この叙録は、敦煌から発見された文献のうち、経部の書物を網羅的に収めたものです。王重民の目録は、67件の経部書を収めていますが、許氏の目録は320件を収めているといいます。この数字を見るだけでも、大きな進展と言えそうです。これまで、経部の書物を見渡すことすら、容易ではなかったわけですから、その一点をとっても、大きな成果であるにちがいありません。

  同書は、著者の博士学位論文として蘭州大学に提出されたもので、1年足らずで書かれたそうです。しかし許氏が「後記」において、「ただ本書を書くためになした準備作業は、かえって私の十年まるまるの日月を費やしたのである!」とあり、その苦心のさまもうかがわれ、心打たれます。そんなに簡単に書かれたものでないことは、本書を見れば分かることです。

  叙録は、写本を整理し、ふさわしい書名を与え、解説を書き、先行研究を周到に紹介しています。著者が特に得意とするのは、複数の機関に分蔵されている写本の断片をつなぎ合わせる「綴合」ですが、目録中に写真を用いて綴合結果を示しているのには、説得力があります。また附録として、経書の篇目から写本の所在を確かめられる表(たとえば、『尚書』堯典に、何種類の敦煌写本が存在するか、一目瞭然、分かる表)や、先行研究の目録がついていることも、学界に資するところ大であるはずです。

  本書の「緒論」は、高い見識に基づいて撰述されており、特にその第2節に敦煌文献を用いた経学研究が総括してあり、一読の価値があります。その発展的な面のみならず、たとえば、呉福熙『敦煌殘卷古文尚書校注』について、はっきりと「退歩」と評しており、学術的に厳正な態度で書かれていることに、好感が持てます。

 *許建平『敦煌經籍叙録』中華書局, 2006年。Webcat所蔵図書館は13館。

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『敦煌音義滙考』


『敦煌音義汇考』希羨林題辞 張金泉、許建平『敦煌音義滙考』(杭州大學出版社, 1996年)は、20世紀初頭、甘粛省の敦煌から発見された典籍群、「敦煌遺書」のうち、「音義」に関わる書物について、写真を集め、解題、校勘記を記したものです。

 南北朝時代には、古典の読音を考える学問が発達し、その集大成が『経典釈文』であり、同書は現在にも伝わっています。敦煌遺書の中に、『経典釈文』の古い写本、そしてそれ以外の音義書が含まれており、当時の古典学を知る上で、きわめて貴重な資料です。『経典釈文』は中国古典の音義ですが、それ以外に、仏教経典の音義である『一切経音義』(これには、数種あります)などもあり、その敦煌写本もいろいろあります。

 本書の「前言」によると、P2494『楚辞音』、P2823『文選音』、S2729『毛詩音』などは、早くも1920年代から熱い研究課題とされてきたものの、これまで、音義書についての全面的、徹底的な整理がされてこなかったという現状に鑑みて、先行研究の成果を取り入れ、細かい校勘と論評とを加えた、とのこと。

 643件の写本を検討した結果、33種の書物としてまとめることができたそうで、全体を「四部書音義」「字書音義」「佛道經音義」の三類に分けています。細かい断片を集めた「四部書散音滙録」「佛道經散音滙録」を合わせると、35種になります。メモのため、その35種を挙げておきます。

 四部書音義

  • 『經典釋文』 S5735, P2617, P3315, 殷44(=BD09523)
  • 『毛詩音』 S2729(3), дх13660
  • 『毛詩音』 S10v
  • 『毛詩音』 P3383
  • 『毛詩』周頌 S5705
  • 『禮記音』S2053(2)
  • 『論語鄭注音義』 殷42
  • 『爾雅』郭注殘卷 P2661, P3735, P5522
  • 『春秋後語釋文』 S1439
  • 『莊子集音』 P3602
  • 『莊子音義』S6256
  • 『楚辭音』 P2494
  • 『文選音』 P2833, S8521
  • 注音本『文選』 S3663
  • 李善注『文選』 P2528, P2527
  • 「四部書散音滙録」

 字書音義

  • 『字書』 P3016
  • 『韻書摘字』P3823
  • 『注音本開蒙要訓』 P2578
  • 『字寶』 P2717, S619, P3906, S6204, P2508, 雨90
  • 『俗務要名林』S617, P2609, P5001, P5579(8)
  • 『雜集時要字』七種 S5514, P3776, S610, P3391, S3836, S3227, S6208
  • 『正名要録』 S388
  • 『辨別字』 S388
  • 『新商略古今字様撮并行正俗釋』S6208, S6117, S5731, S11423

 佛道經音義

  • 『一切經音義』S3469, S3538, P3734, ф23, P2901, P2271, P3765
  • 『新集藏經隨函録』 P3971, P2948, S5508, 李39, S3553
  • 『大般涅槃經音』 P2712, P3025, S2821, S3366, P2428, P5738, P3415
  • 『大佛頂如來密因修證了義諸菩薩萬行首楞嚴經音義』 S6691v, P3429, 宇26,S6985, S3720
  • 『佛本行集經難字』 P3506
  • 『妙法蓮華經音義』 P3406,S3082, S114
  • 『金光明最勝王經音義』 S6691v, S1117, S980, S17, 雲93, S267, S649, S2097, S18, S712, S814
  • 『佛經難字』 S5712, S5999, P3823
  • 「佛道經散音滙録」
  • 『諸難雜字』P3109, 秋26v, S4622(2), S840, P3365v, P3270

 このように、数百もの写本を逐一整理し、校勘記まで作られた張・許両氏の労力は察するに余りあります。写本の異体字を過度に整理しないために、1315頁にわたるこの厚冊は、わざわざ手写されています。

 残念なことに、写真に不鮮明なものが多く、まったく判読できないものさえありますが、写本の写真は、現在では比較的容易に見られるわけですから、深く責める必要はないでしょう。

*張金泉, 許建平『敦煌音義滙考』杭州大學出版社, 1996年。Webcat所蔵図書館は26館(本日付)。 『敦煌音義滙考』 の続きを読む