カテゴリー別アーカイブ: 欧美漢学

「道と史の間:中国の近代的アイデンティティを探究した二人の歴史家」


陳寅恪(1890-1969)と傅斯年(1896-1950)の史学を論じた、アクセル・シュナイダー氏の論文、「道と史の間:中国の近代的アイデンティティを探究した二人の歴史家」を読みました。

Axel Schneider, “Between Dao and History: Two Chinese Historians in Search of a Modern Identity for China”,
History and Theory, Vol. 35, No. 4, Dec., 1996, pp. 54-73

我が国の幕末・明治時代がそうであったように、19世後半から20世紀前半にかけての中国も、近代化の問題に直面しました。それまでのように、自国を中心にものを考えればよいとわけではなくなってしまったのです。その波紋は、政治・制度・軍事はもちろん、教育・文化・生活にいたるまで、社会のすべての面に及びました。

このような激動期にあって、学問もまた変わらざるをえず、史学もその例外ではありませんでした。この時期に史学がどう変容したのか、シュナイダー氏は二人の代表的な歴史家、陳寅恪と傅斯年をとりあげて論じます。

中国では伝統的に、道(上古に行われた理想の道)と史とが相互に関わりあい、史は道に従うものと見なされた、とシュナイダー氏は考えます。史学とは一種の道の体現であり、道の観念なくして歴史叙述は成り立たないと、確かに多くの中国の士大夫は考えたのでしょうし、それは彼らに特徴的な思考であったと言えるかも知れません(この部分、ベンジャミン・シュウォルツ氏の議論を参照しているとのこと)。

陳氏と傅氏は、ともに歴史家として「新史学」の構築を目指したのですが、そこで両氏が道(伝統的な規範)に対して如何に向き合ったのか、というのがシュナイダー氏の問題意識であり、両者の対比がなされており、それを私なりにまとめ直してみます。

  • 道と史との関係をめぐり、陳氏は両者がそれぞれの価値を有すると考えたので、史学は伝統的な道の観念から自由になった。一方、傅氏は、あるがままの事実を明らかにすることこそ史学の任務と考え、西洋の自然科学モデルを導入したが、そうすることで道の伝承を自負する伝統史学と断絶した。
  • 陳氏は、中国文化にも他の文化にも、通底する普遍性が存在し、それぞれの特殊な文化が普遍性のある側面を体現すると考えた。それに対して傅氏は、歴史事実が普遍的な法則(自然の摂理など)に従うと考えた。
  • 中国文化とは何かについて、陳氏は三綱五常を核心としつつ(民族精神と呼ばれる)、多様な外国文化を選択的に吸収して展開したものと考えた。こうして核心を持ちつつも変容し続ける中国文化の像が生み出された。一方、傅氏は、(他の文化と同様)中国文化の独自性も、地理・環境などの要因で説明できると考えた。

このように、陳氏と傅氏の歴史観・世界観は相当に異なるものの、シュナイダー氏は両者の共通点も指摘します。歴史を叙述する際、両者とも、歴史事実を組み合わせて筋書きを作る手法をとらず、史料を提示しそれに短いコメントを加えるスタイルを取ったことなど。これは見逃しがちな点です。おそらく清朝考証学の影響を受けたスタイルでしょう。

私自身は傅斯年の著作をまだよく読んでおらず、説の当否を言うことはできませんが、陳寅恪についての分析は適確であると感じました。「道と史」という二本の軸の設定は、この論文の論旨の中では十分に有効ですが、その構造が中国史の根幹をなすものとまでは断言できないようにも思われます。それについては、関連の議論を読んで一度じっくり考えてみたいものです。

陳寅恪を論じた欧米の研究は少ないので、このシュナイダー氏の論考には大いに目を見張りました。

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「九世紀初頭における天の議論」


先日、当ブログにてその名を挙げた、ラモント氏「九世紀初頭における天の議論―柳宗元「天説」と劉禹錫「天論」」。上編・下編(Part I, II)に分けられ、『アジア・メジャー』誌に載ったものです。今から40年近くも前に書かれたものながら、なお輝きを失っていないように思われます。

上編においては、殷・周から唐代に及ぶ「天」観の変遷と進展が概観され、さらに、「天説」へと至る柳宗元の「天」観の展開が詳述されています。

下編においては、韓愈・柳宗元・劉禹錫により一連の「天」の議論がなされた背景、そして劉禹錫の「天」観の展開と「天論」の分析。さらには、「天説」「天論」と柳宗元「答劉禹錫天論書」(『柳河東集』巻31)の英訳が附されています。

柳宗元に関する議論で注目されるのは、中唐春秋学と柳宗元との関係を述べた部分です。両者の関係については、太田次男氏「長安時代の柳宗元について」(『斯道文庫論集』2輯,1963年)を踏まえ、更に一歩進めて、呂温の「天」観が柳宗元に与えた影響を詳しく追っているところです(Part I, pp.196-199)。それら先行する議論を踏まえつつ、柳宗元は「天」についての議論をさらに大きく進めた、と評しています。

It would seem that Lü was still largely within the bounds of the more conservative type of scepticism, and it is obvious that Liu unlimately went beyond this to a more direct and critical attack not only on Han ideas about the relationship between man and Heaven but on the “spiritual” and purposeful nature of Heaven itself. (Part I, p.200)

また、柳宗元は800年前後、妻や母など、身近な人々を次々に失い、ことごとにつけて「天」に訴えかける文を作っていることも、松村真治「柳宗元の文学作品に見る合理主義的側面と非合理的側面の交錯」(『中国文学報』22輯,1968年)を参照しつつ、分析を加えています(pp.202-203)。

下編においては、林紓(1852-1924)の議論を紹介しつつ(林紓『韓柳文研究法』からか)、韓・柳・劉氏の「天」の議論がなされた背景を探っています(Part II, pp.37-)。林氏は、韓愈が「天」を説いた直接の動機は、失脚した柳宗元を慰めるためであった、と推測します。これを受け、呉文治『古典文學研究資料彙編 柳宗元卷』(中華書局,1964年)及び侯外廬『中国思想通史』(人民出版社,1962,63年)は、814年という年に「天」の議論が行われた、と推測します。一方、ラモント氏は、「805年における、柳・劉両氏の失脚を発端としているのではないか」という別の推測をしています(p.39)。これには、説得力があるように思われます。

また、「天論」に見える劉禹錫の思想について、杜佑の法治主義(Legalism)から影響を受けているのではないか、という推測が、なされています(p.45,59)。これにも注目すべきでしょう。また、劉禹錫が、柳宗元とは違い、一行(683-727)という僧侶が先鞭を付けた『易』の「数」の世界に没入し、それが「天論」に反映しているというのも重要な指摘です(pp.50-54)。

柳宗元「天説」と劉禹錫「天論」とは、もちろん比較の対象となりますが、内容的には「天論」の方がはるかにしっかりとまとまっているので、この一連の議論は、「「天論」に至る道」ととらえることが可能でしょう。ラモント氏のこの論文も、常に柳・劉の両氏が比較しつつ、やはり主眼を「天論」の解明に置いています。「天論」を読む際、今なお参照すべき業績であると思えます。

附録とされている、「天説」「天論」の英訳も、まだ十分に検討していませんが、あらためて精読してみたいものです。

四部分類の独訳


シュタックマン氏『中国の図書館 天一閣の歴史 十六世紀から現代まで』は、目録学をテーマにした数少ない欧文の研究書です。

Ulrich Stackmann,
Die Geschichte der chinesischen Bibliothek Tian Yi Ge vom 16. Jahrhundert bis in die Gegenwart,
Franz Steiner, 1990

同書には、『四庫全書』の分類に対してドイツ語訳を当てた一覧表が、付録として載せられていました(pp.220-221)。参考資料として、ここに転載させていただきます。誤字などをご指摘いただければさいわいです。

欧米漢学における、近年の傾向として、訳しこんだ語を用いず、漢語音をローマ字表記することが多いようです。たとえば、Confucianism といわず、Ru という、など。書物の分類名についても、漢語音をローマ字表記する例があるようですが、訳語を見れば、「どのように理解し、解釈したか」が分かるもの。興味深く感ぜられるので録する次第です。

たとえば「目録類」は、先にご紹介した銭存訓氏の英訳では、Bibliographies となっていますが、シュタックマン氏訳では、Bibliographien, Kataloge und Inschriftenverzeichnisse とします。簡潔な銭氏の訳もよいのですが、『四庫全書』の史部目録類には、その小序にもいうとおり、金石目録が入っているので、シュタックマン氏訳の方がより説明的で、『四庫全書』の実情に即しています。

経部 KLASSIKER

  • 易類 Buch der Wandlungen
  • 書類 Buch der Urkunden
  • 詩類 Buch der Lieder
  • 礼類 Buch der Riten
  • 春秋類 Frühling und Herbst-Annalen
  • 孝経類 Buch des Gehorsams gegenüber den Eltern
  • 五経総義類 Generelle Bedeutung der 5 Klassiker
  • 四書類 Vier Bücher
  • 楽類 Klassische Vorstellungen über Musik
  • 小学類 Wörterbücher, Studien zur Phonetik

史部 GESCHICHTE

  • 正史類 Offizielle dynastische Geschichte
  • 編年類 Annalen
  • 記事本末類 Aufzeichnungen über Anfang und Ende historischer Ereignisse
  • 別史類 Nicht offizielle Geschichte einer oder mehrerer Dynastien
  • 雑史類 Nicht offizielle Geschichtsdarstellungen unterschiedlicher Form, teilweise fiktiv
  • 詔令奏議類 Kaiserliche Edikte und Throneingaben
  • 伝記類 Biographien und Ereignisgeschichte
  • 史鈔類 Nacherzählungen von Geschichtswerken
  • 載記類 Geschichte der Dynastien, die nicht zur offiziellen Dynastiefolge gerechnet werden
  • 時令類 Jahreszeitliche Gebote
  • 地理類 Geographie und Regionalgeschichte
  • 職官類 Amter in der Kaiserlichen Verwaltung
  • 政書類 Recht und Institutionen
  • 目録類 Bibliographien, Kataloge und Inschriftenverzeichnisse
  • 史評類 Kritik der Geschichtsschreibung

子部 WISSEN

  • 儒家類 Konfuzianer
  • 兵家類 Militärschriftsteller
  • 法家類 Legalisten
  • 農家類 Agrarschriftsteller
  • 医家類 Medizinschriftsteller
  • 天文算法類 Astronomie und Rechenkunst
  • 術数類 Rechenkunst
  • 芸術類 Bildende Künste
  • 譜録類 Naturkunde und Wissen über handwerkliche Produkte
  • 雑家類 Schriftsteller, die die Ideen verschiedener Philosophieschulen zusanmenfassen, Aufzeichnungen mit dem Pinsel (bi ji) und cong shu
  • 類書類 Enzyklopädie
  • 小説家類 Schriftsteller von Legenden, Anekdoten und Erzählungen
  • 釈家類 Buddhisten
  • 道家類 Taoisten

集部 POESIE

  • 楚辞類 Elegien von Chu
  • 別集類 Gesammelte Werke
  • 総集類 Anthologien
  • 詩文評類 Kritik der Dichtung
  • 詞曲類 Lieddichtung der Gattungen Ci und Qu und deren Metrik

「中国における図書分類の歴史」


qiancunxun銭存訓(1909-2015)氏「中国における図書分類の歴史」(『ライブラリー・クオータリー』22-4、1952年)を読みました。これまで、欧米の目録学研究を読んでこなかったのですが、一九五十年代に書かれたこの論文にまず出会えたのは、幸運でした。

Tsuen-Hsuin Tsien, “A History of Bibliographic Classification in China”, The Library Quarterly, Vol. 22, No. 4 (Oct., 1952), pp. 307-324

当時、アメリカの図書館関係者を読者として書かれたらしく、ほぼ以下のように構成されています。

  • 序文
  • 伝統的な目録学の歴史
  • 近代的な図書館学との邂逅、目録法改良のためのさまざまな試み
  • 問題点と将来の展望

初めの方に、「フランシス・ベーコン(1551-1626)の学問分類は、中国の目録学の影響を受けた可能性もある」と書かれており、実証性に不安を覚えましたが、これは、アメリカの読者を引きつけるための方策にすぎないのでしょう。

伝統的な目録学史の概説では、劉向・劉歆父子の業績から、南北朝時代の七分類法の説明、四部分類の確立、『四庫提要』、四部分類以外の伝統的な目録法の説明までが、なされています。仏教・道教書の目録学は述べられていないものの、初心者が中国の目録学を知るという意味で、その基礎としては十分であると感じました。あまり概説書に登場しない許善心『七林』をSeven Grovesとして紹介するなど、なかなか念入りです。

また先日、ご紹介したとおり、『七略』及び『四庫提要』の分類名すべてに英訳を当ててくれています。こういう丁寧な作業は、欧米人にとってのみならず、我々にとっても大いに有益です。

近代以降の十進分類法の導入、その適応の努力、ハーバード燕京方式などさまざまな目録法の試行などについては、銭氏ががもっとも力を入れて書いているところです。この雑誌の主な読者層である(中国書を取り扱う)図書館員には、「中国書の整理を如何にすべきか」という目前の課題があり、その適切な分類を模索していたのでしょうから、ここに重点があるのは当然です。しかし残念ながら、私自身は近代的な図書分類に暗く、関心もやや薄いため、この部分を評価することはできません。

最後の部分には、目前の課題として中国書を分類する際の問題点、困難、その解決への展望が書かれています。この部分はたいへん力強く書かれており、参考になります。伝統的な目録学と近代の図書分類が整合しないところに分類の困難があるのですが、伝統的な中国書がもって難しい性質を、銭氏は三点挙げています。

  • 伝統的な目録学は、枠組みの中心に儒教を据えてきたこと。
  • 枠組みが簡単すぎて、詳細を組み込めない構造になっていること。
  • 枠組みに柔軟さがないこと。

これらの指摘は、実によく問題点をとらえていると思いました。

さて、こういった伝統目録学と近代図書館学との溝を如何に埋めるか、という問いが当然、その先にあり、銭氏も分類の標準化を推進すべく、大いに気を吐いています。

ただ私としては、銭氏自身が指摘したとおり、中国目録学固有の性質があまりに根深いものと感じられ、旧書(伝統目録学の埒内にある書物)と新書(それ以外の書)とを一括して分類することに抵抗があります。むしろ両者を分けておくのがよいように思います。むろん、私は図書館学の専門家ではありませんので、漢籍に日々接する一学徒としてそのような感想を抱くにすぎませんが。

銭氏の概説が書かれてから50年。あまり標準化が進んでいるとはいえないようです。裏を返せば、銭氏の問いは古びていないともいえます。

この論文は、「中国における図書分類の歴史」という題名に背かず、古代から現代までを視野に入れた堂々たる議論で、英語で書かれた目録学の礎とするに十分です。惜しむらくは、参考文献が一切なく、源にさかのぼりえない点ですが、アメリカの図書館員が中国書を参照することの非現実性、そして草創期における先行研究の欠如という、当時の事情をくむべきかもしれません。

銭氏は1909年、江蘇省泰県の出身、金陵大学に学び、上海交通図書館副館長等を努めた後、1947年に渡米、シカゴ大学の蔵書を整理し、その教授となった学者。邦訳に『中国古代書籍史―竹帛に書す』(法政大学出版局,1980年)、『中国の紙と印刷の文化史』(法政大学出版局,2007年)があります。

中国目録学用語の英訳


英語で目録学の概念を言おうとしても、なかなか口から出てこず、困っておりました。英訳との対照表が欲しいと思い、先行研究を参照して表にしてみました。

まず、銭存訓氏の「中国における図書分類の歴史」に見える、『七略』と『四庫全書総目提要』の分類をお示しします。これで、分類名は大体網羅できます。

Tsuen-Hsuin Tsien, “A History of Bibliographic Classification in China”, The Library Quarterly, Vol. 22, No. 4 (Oct., 1952), pp. 307-324

『七略』 Seven Epitomes

輯略 General Summary

六芸略 Classics

  • 易 Book of Changes
  • 書 Book of Documents
  • 詩 Book of Poetry
  • 礼 Book of Rites
  • 楽類 Sacred music
  • 春秋 Book of Annals
  • 論語 Analects of Confucius
  • 孝経 Book of Filial Piety
  • 小学 Classical philology

諸子略 Philosophy

  • 儒家 Confucianists
  • 道家 Taoists
  • 陰陽家 Astrologists
  • 法家 Legalists
  • 名家 Logicians
  • 墨家 Mohists
  • 縦横家 Diplomatists
  • 雑家 Syncretists
  • 農家 Agriculturalists
  • 小説家 Novelists

詩賦略 Poetry

  • 賦 Prose poetry
  • 雑賦 Miscellaneous style
  • 歌詩 Songs and ballads

兵書略 Military science

  • 兵権謀 Tactics
  • 兵形勢 Terrain
  • 兵陰陽 Negative and positive principles
  • 兵技巧 Strategy

数術略 Sciende and Occultism

  • 天文 Astronomy
  • 暦譜 Chronology
  • 五行 Law of five elements
  • 蓍亀 Divination
  • 雑占 Miscellaneous superstitions
  • 形法 Geomancy

方技略 Medicine

  • 医経 Medical classics
  • 経法 Pharmacology
  • 房中 Sexology
  • 神仙 Longevity

『四庫全書』 Complete Collections of Four Treasuries

経部 Classics

  • 易類 Book of Changes
  • 書類 Book of Documents
  • 詩類 Book of Poetry
  • 礼類 Book of Rites
  • 春秋類 Book of Annals
  • 孝経類 Book of Filial Piety
  • 五経総義類 Classics in genaral
  • 四書類 Four Books
  • 楽類 Sacred music
  • 小学類 Classical philology

史部 History

  • 正史類 Dynastic histories
  • 編年類 Annals
  • 記事本末類 Topical records
  • 別史類 Separate histories
  • 雑史類 Miscellaneous histories
  • 詔令奏議類 Official documents
  • 伝記類 Biographies
  • 史鈔類 Historical records
  • 載記類 Contemporary records
  • 時令類 Chronography
  • 地理類 Geography
  • 職官類 Official repertories
  • 政書類 Institutions
  • 目録類 Bibliographies
  • 史評類 Historical criticism

子部 Philosophy

  • 儒家類 Confuciannists
  • 兵家類 Military science
  • 法家類 Legalists
  • 農家類 Agriculturalists
  • 医家類 Medicine
  • 天文算法類 Astronomy and Mathematics
  • 術数類 Occultism
  • 芸術類 Fine Arts
  • 譜録類 Repertories of science, etc.
  • 雑家類 Miscellaneous writers
  • 類書類 Encyclopedias
  • 小説家類 Novelists
  • 釈家類 Buddhism
  • 道家類 Taoism

集部 Belles-lettres

  • 楚辞類 Elegies of Ch´u
  • 別集類 Individual collections
  • 総集類 General anthology
  • 詩文評類 Literary criticism
  • 詞曲類 Songs and drama

次に、ウィルキンソン氏『中国歴史手冊』(ハーバード大学出版会、2000年)の第1部「基礎」、9章「書物の探し方」に見える目録学用語を少々補います。なお、冠詞はほとんど省いてあります。

Endymion Wilkinson,
Chinese History: a Manual, revised and enlarged, 
Harvard University Press, 2000

  • traditional fourfold bibliographical classification 四部分類
  • series 叢書
  • collectanea 叢書
  • dynastic bibliographies 史志
  • classification 分類
  • bibliography 目録
  • four branches 四部
  • four separete palace repositories 四庫
  • branch 部
  • subbranch 類
  • lost book 佚書
  • recovered text 輯佚書
  • reconstituted text 輯佚書
  • rifacimenti 輯佚書
  • forged book 偽書
  • textual criticism 校勘
  • banned book 禁書

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欧米の中国目録学研究


Chinese History欧米の漢学においては、中国目録学の研究はそれほど盛んではないようですが、現在、どこまでの蓄積があるのかを確かめたいと思っております。

手始めに、ウィルキンソン氏『中国歴史手冊』(ハーバード大学出版会、2000年)の第1部「基礎」、9章「書物の探し方」に見える、欧米の研究をリストアップしてみました。

Endymion Wilkinson,
Chinese History: a Manual, revised and enlarged,
Harvard University Press, 2000

いずれ、さらに増補を加えたいと思っております。

  • Cho-yüan T’an(Cheuk Woon Taam,  譚卓垣), The development of Chinese libraries under the Ch’ing dynasty, 1644-1911, China Commercial Press, 1935.
  • Achilles Fang, “Bookman’s Decalogue”, Harvard Journal of Asiatic Studies, Vol. 13, No. 1/2, Jun., 1950, pp. 132-173.
  • Achilles Fang, “Bookman’s Manual”, Harvard Journal of Asiatic Studies, Vol. 14, No. 1/2, Jun., 1951, pp. 215-260.
  • Karl Lo, “A Guide to The Ssŭ pu ts’ung k’an”, Harvard Journal of Asiatic Studies, Vol. 27, 1967, pp. 266-286.
  • Roger Pelissier, Les bibliothèques en Chine pendant la premierè moitie du XXe siècle , Mouton, 1971.
  • John H. Winkelman, “The Imperial Library in Southern Sung China, 1127-1279. A Study of the Organization and Operation of the Scholarly Agencies of the Central Government”, Transactions of the American Philosophical Society, New Series, Vol. 64, No. 8, 1974, pp. 1-61.
  • Susan Chan Egan, A Latterday Confucian: Reminiscences of William Hung (1893-1980), Harvard East Asian Monograph, 131, 1980.
  • Hok-lam Chan, Control of Publishing in China Past and Present, ANUP, 1983.
  • R. Kent Guy, The Emperor’s Four Treasuries : Scholars and the State in the Late Ch´ien-lung Era, Harvard University Press, 1987.
  • Ulrich Stackmann, Die Geschichte der chinesischen Bibliothek Tian Yi Ge vom 16. Jahrhundert bis in die Gegenwart, (Münchener ostasiatische Studien, no. 54) Franz Steiner, 1990.
  •  Jean-Pierre Drège, Les bibliothèques en Chine au temps des manuscrits : jusqu’au Xe siècle, EFEO and Maisonneuve, 1991.
  • Timothy Brook, “Edifying knowledge: The Building of School Libraries in Ming China”, LIC 17.1: 93-119, 1996.
  • Sharon Chien Liu, Libraries and Librarianship in China, Greenwood, 1998.
  • Nancy Lee Swann, Seven Intimate Library Owners, Harvard Journal of Asiatic Studies, Vol. 1, No. 3/4 (Nov., 1936), pp. 363-390.

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スタンダート「イエズス会士はコンフューシャニズムを創作しなかった」


ニコラス・スタンダート氏(ルーヴェン・カトリック大学教授)による、ライオネル・ジェンセン氏(ノートルダム大学教授)著『コンフューシャニズムの創作』(デューク大学出版会、1997年)の書評。若い研究者に勧められて読んでみました。原著を読んでいない上に、宣教師関連の資料も言語も皆目分からぬ門外漢ながら、なかなか楽しんで読めました。

「コンフューシャニズム Confucianism」は、しばしば漢語の「儒」「儒教」に対応する英訳語として用いられる語彙ですが、原著は、この語彙がイエズス会士による創作であり、訳語として問題有り、と主張しているようです。「儒」という漢語自体、時代や文脈によってさまざまが意味を持っているのだから、コンフューシャニズムという色づけされた言葉を用いるのはよくない、と。

スタンダート氏は、ジェンセン氏の主張を認めつつも、「コンフューシャニズムという訳語は、17世紀のイエズス会士の創作だ」という彼の説を反駁しています。

スタンダート氏は、17世紀のイエズス会士のテクストに、その語が用いられていないことを指摘します。徐光啓(1562-1633)の「絶佛補儒(キリスト教は仏教を追い払うが、儒教を補う)」という有名な言葉を、宣教師のモンテーロは、どう訳したか。それは、“Idola resecat, Literatorum legem supplet”であって、ここには「儒」に当たる語として“Literatorum legem”、英語で言うなら“law of the literati”(知識人たちの法)が用いられており、ジェンセン氏のいうような“Confucianism”の語は用いられていないではないか。これがスタンダート氏の批判です。またスタンダート氏は、“Confucianism”の語は、19世紀になって用いられるようになった、とも言い添えています。

イエズス会士たちは、「儒」をイタリア語の“la legge de’ letterati”(知識人たちの教え)と呼んだり、ラテン語の“secta”(流派)と呼んだりしていて、固定化した呼び名はなく、「コンフューシャニズムという凝り固まった訳語をイエズス会士が当てた」という事実はまったくなかった、とスタンダート氏はいっています。

また、孔子の英訳はConfuciusで、これはイエズス会士たちのテクストに見え、「孔夫子」の音訳語と考えられていますが、ジェンセン氏は、「当時の中国側の資料では、孔夫子という言い方は一般的でなく、これもイエズス会士の造語」とします。これに対して、スタンダート氏は、イエズス会士たちが当時の中国社会に深く関与して活動を行っていたことを考えると、書面語としてではなく、口語として「孔夫子」の語があったと考えるのが自然、と論じています。

スタンダート氏の議論は、さらに「宣教師たちがどのように儒教をとらえたか」という点に向かいます。当時、イエズス会士は、宗教を「正しい宗教」と「誤った宗教」とに分けたが、儒教については、その二分法の埒外に位置する、文明的、政治的、哲学的なものとしてとらえていた、そのようにいっています。

イエズス会士たちは、コンフューシャニズムという固定観念を創作したのではない。そうではなく、興味深い儒教観を資料にのこしているのだ。この書評を通じて、そのようなことを知りました。
いずれ、ジェンセン氏の原著も、機会を見つけて読んでみたいものです。

  • 書評は、Nicolas Standaert, “The Jesuits Did NOT Manufacture “Confucianism””, East Asian Science, Technology, and Medicine (EASTM), 16, 1999, pp.115-132。
  • 原著は、Lionel Jensen, Manufacturing Confucianism, Durham, NC: Duke Univ. Press, 1997。

The Writing of Official History Under the T’ang


『ケンブリッジ中国史』(“The Cambridge History of China”)の編者として、つとに有名な碩学、トゥウィチェット氏の著書、唐代に編纂された歴史記録を網羅的に研究したものです。

Denis Twitchett, 
The Writing of Official History Under the T’ang,
Cambridge University Press, 1992

トゥウィチェット氏が中国の史書に向ける視線は明確です。

 The modern historian concerned with the earlier periods of Chinese history remains heavily dependent on the material contained in the standard dynastic histories. It is therefore essential for him to subject the texts of these works to the most rigorous critical scrutiny, for they are rarely the simple product of a single author or group of compilers that they appear to be at the first sight. (p.3)

単純な史料理解を排除し、史料の複雑さを厳密に吟味しようとするその姿勢は、目録学の精神にも合致します。

その全体は、第1部「官的組織」、第2部「歴史記録の編纂」、第3部「旧唐書」から構成されています。第1部で史書編纂の制度的な枠組みを明瞭に記し、第2部では種々の歴史記録具体的な編纂過程、いずれ正史へと組み上げられるべき諸資料の成り立ちを示し、第3部では『旧唐書』が形成された過程を遡ります。きわめて安定した構成と言えましょう。

もっとも大きな紙幅が割かれているのは第2部で、ここでは唐が国家として編纂した諸記録、「起居注」(第4章)、「内起居注」(第5章)、「時政記」(第6章)、「日暦」(第7章)、「伝記」(第8章)、「諸機構の歴史、類書、及び文書の蒐集」(第9章)、「実録」(第10章)、「国史」(第11章)、といった記録・歴史書の編纂の過程が詳しく論じられています。網羅的な研究にありがちな、単に正史・会要から該当個所を抜いたようなものとは大きく異なり、周到な考察が加えられ、いちいち、うならずにはおれません。

出色は、第9章でしょう。史館に籍を置く史官、そして起居郎などの専門的に記録を司る担当者以外にも、唐代の官僚機構において、さまざまな職務の人々が歴史記録を編纂したことを逐一追っています。たとえば、類書、後に正史の「志」になる記録、壁記など、見落とされがちな部分を詳しく取り上げています。

粛宗の乾元年間(758-760)、柳芳が完成させた『国史』に「志」の部分が含まれていたこと、その後も「志」相当の書物の編輯がさまざまに続けられたことなど、非常に興味深く読みました。

個別の編纂についての細部がしっかり記述されているのみならず、構成がよく練られているため、その細部を通して「唐の公的な歴史編纂」の全体像が浮かびあがります。細部と全体とに向けられた興味のバランスが絶妙の一冊です。

“The Writing of Official History Under the T’ang” Webcat所蔵図書館 17館(本日付)。
薄いのに高い書物です。このシリーズはすべてそうなのですが。こういうものこそ、所属先の図書館、公共図書館に申請して購入してもらいましょう。