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辞書、引くか引かぬか


吉川幸次郎が狩野直喜から教わったという興味深い辞書の引き方があります。

京都大学の一回生として中国語を学びかけたばかりのころ、私は先生に向かって、中国語の辞書の不備をうったえた。先生は、そのうったえに対しては、ただ、そうだろうね、と簡単に答えられるだけで、別の話をされた。先生が第一高等学校の生徒であったころ、ある外国人の教師—先生はその名をいわれたが、私は忘れた—がいった、はじめての英語の単語に出くわしても、すぐ字引を引くんじゃない。前後の関係からこういう意味だろうと、自分で考えてみる。そのうち別のところで、その単語がまた出て来たら、前に考えた意味を代入してみる。まだ字引は引かない。三度目に出て来たとき、そこにもうまくアプライすれば、もう大丈夫だ。そこでオックスフォードを引くんだと教えてくれた。僕もそうして勉強したよ。(吉川幸次郎「私の信条」、『吉川幸次郎全集』20、筑摩書房、1970。p.60)

辞書を使わずに語義を考えるというのは、一種の自己内対話であろうと思います。「こういう意味だろうか?いや、どうだろうか?」と。それを三度まで繰り返すというのは、面白い勉強法ではありませんか。

たしかに、私もこれまで、そのようにして読んできたような気もします。手もとに辞書がない時などは、いつも意味を想像してきました。その推測がたまたま当たっていれば、これは、実に気分のよいものです。

一方で、辞書を引くのも手堅い方法でしょう。しかし手堅いものであると同時に、先人の智慧を拝借した手軽な便法だという面もあります。また、辞書に依存すると、その言葉にとらわれてしまうこともありましょう。

辞書を引くのか引かないのか。少し立ち止まる習慣をつけたいものです。

『辞源』第3版、出ました!


ciyuan待っておりました!待ちに待った『辞源』第3版が昨年10月に出版され、ようやく入手することができました。

辭源
何九盈, 王寧, 董琨主編 ; 商務印書館編輯部編,商務印書館, 2015.10
第3版

過去にこのブログでも何度か書いたとおり、わたくしは『辞源』修訂版(すなわち第2版)の愛用者です。第2版が出たのは1979年のこと。それから36年後、こうして第3版が刊行されたことは、実に喜ばしいことなのです。

第2版と第3版との比較については、しばらく利用してみてからご報告することになりそうですが、音に関する改善があったのは、確かなようです。中古音の反切と現代音との対比が、第2版では不明瞭なところがありました。

たとえば第2版では、「易」字の場合、yìという現代音に対し、まず「羊益切,入,昔韻,喻」という中古音を示し、その下に幾つかの義項を並べ、さらに「以豉切,取寘韻,喻」という中古音を示し、その下にまた幾つかの義項を並べています。字義の解説のあと、「易」から始まる熟語を列挙しますが、それが入声音なのか去声音なのか、区別がなされていません。

中古音が異なっても現代音では合流している場合には区別しない、という方針だったわけですが、これは不適切な処置といえましょう。第3版では、この問題点が解消され、中古音の反切と現代音との関係が明瞭になっています。前言に、「設立審音組,專司其職」とあるように、音に関してかなりの向上が見られるようです。

weiyu.JPGまたこれまで『辞源』は百科辞典的な項目について、若干弱く、ライバルの『辞海』に譲るところがありましたが、これも力を入れて増強してある様子です。同時に、これまで少なかった挿絵もかなり増やしてあり、眺めて楽しい本に仕上がっています。

214の部首、14210の字、92646の詞で、1200万字、4767ページの巨冊で、1000幅の挿絵を入れたとのこと(「第三版前言」より)。しばらく、楽しい時間を過ごすことができそうです。

『王力古漢語字典』


王力古漢語字典
王力古漢語字典

王力(1900-1986)は中国の著名な言語学者であり、『漢語音韻学』(中華書局,1956年)、『漢語史稿』(科学出版社,1958年)、『古代漢語』(中華書局,1964年)などの著作によって知られています。

王氏は、1986年に亡くなる数年前、古代漢語の「字典」を編纂することを思い立ち、生前、その一部を執筆していました。残念なことに、王氏はこの字典を完成させずに他界してしまいましたが、のち、彼の後輩らの力により、『王力古漢語字典』として世に問われました。

王力主編『王力古漢語字典』(中華書局,2000年)
編者:王力、唐作藩、郭錫良、曹先擢、何九盈、蔣紹愚、張雙棣

この字典、私の周囲に常用する人もいたのですが、未完成の仕事という偏見を抱いていたこともあり、利用するにいたっていませんでした。最近、手に取ってみたところ、好印象でしたので、ご紹介いたします。

同書には、1985年10月に王力が書いた「序」が付けられています。それによると、王力は解放前、「理想的字典」という一文を書き、『了一小字典』の見本を書いてみたそうです。「了一」は、王力のあざなです。

その後、1960年代、商務印書館から『古漢語字典』として出版する準備をしたものの、これは不調に終わり、あらためて中華書局と契約し、四年のうちに四分冊の『古漢語字典』として刊行することとしました。この序は、その第一冊に付するものとして書かれた、ということです。

本書の編纂方針は、王力の序に詳しく書かれています。多くの辞書において、字義の定義が多岐にわたりすぎる傾向があることを指摘し、字義のうち、核心的な義を詳しく書いています。序においては、『辞源』修訂本などと比較して、本書の特色を紹介しています。

字の核心的な字義を詳しく書く、という字書は、確かに多くないようです。なかなか個性的な字書です。多数の字義がばらばらに列挙されていて、相互関係が不明なものと比べれば、大いに有効でしょう。

試しに「閣」字(p.1567)を査してみたところ、第1義の説明はたいへんに詳しく、「閣」とは、門が開きすぎないように止めるくさびであること、引伸して食物を載せるための板を意味し、さらに一般にものを止める、置く意味に用いた、などと記述しています。私自身の考えと一致する訳ではありませんが、字義相互の関係に配慮した記述である点において優れています。

1998年3月に書かれた本書の「後記」によると、部首ごとに役割分担して内容を執筆したとのことで、その内訳は次の通りです。

  • 王力:子集(一部-又部)・丑集(口部-女部)・寅集(子部-彳部)・卯集(心部-无部)
  • 張雙棣:辰集(日部-气部)・亥集(午部-龠部)
  • 蔣紹愚:巳集(水部-犬部)・戌集(隹部-香部)
  • 何九盈:午集(玄部-立部)・戌集(金部-隶部)
  • 曹先擢:未集(竹部-色部)
  • 唐作藩:申集(艸部-襾部)
  • 郭錫良:酉集(見部-里部)

出色の字典という印象を受けましたが、欲を言えば、やや全体が不統一であるように感じました。音についても、『広韻』の音をよく集めてあるのが本書の一つの長所であるものの、たとえば「聽」字の去声読「他定切」が採用されていないなど、採否の基準が分かりません。

このように本書は、王力の理念をもとにした個性的な字書ではありますが、複数の編者によって執筆されており、完全には標準化されてはいません。この点に留意して用いるならば、古籍を読む際、大いに役立つのではないでしょうか。

『新華字典』第11版には、まいりました


待ちに待った『新華字典』(《新华字典》)第11版。第10版が2004年1月の発行でしたから、昨年くらいから「そろそろか」と待っていたのです。その第11版が2011年6月に出版され、東京あたりの書店では7月に売りだしたそうですが、私が入手したのは8月に入ってから北京の書店にて。『新華字典』を購入する時はいつもそうなのですが、嬉しくてたまりません。

私は学部生の頃から、『新華字典』を「中国古典を読むための字書」として使い続けています。そして今では、学生たちをはじめとする「中国古典を学びたい人々」に対して、この『新華字典』を強く推薦しています(身近な人には、強要しているといった方が正しいかも知れません)。これ一冊で、たいていのことが分かってしまいます。

「『新華字典』一冊をもとに『千字文』を暗誦する」試みとして、「文言基礎」というサイトも作りました。おかげさまで、多くの方の支持を得ることができました。

漢字には、複数の読音が存在するものが多くあり、多音字と呼ばれます。常用字には特にその傾向がうかがわれるので、常用字の多い『千字文』にも「読音問題」がつきまといます。そういうわけで『千字文』を暗誦するといっても、まず、読音がどれなのか、字書にあたって調べる必要があるのです。「文言基礎」でもこの問題を念入りに検討しました。

しかし、初心者が読音を正しく選択するのは至難です。そこで、『千字文』を読む際にかぎり、次のような単純明快な方策を立てました。「『新華字典』で第一に挙げている読音を採る」、というものです。

第10版の凡例の第2条に次のように言います。

一个字头有几个音的,就列为几个字头,各在注音前面分别用(一)(二)(三)等表明次第,注解之末附列有其余的音及其所见页码。

第10版においては、多音字につき番号が振ってあったので、機械的にその第一の音を採る、というわけです。もちろん、この方法がうまくゆかない例もありましたが、大方針としては有効です。というのは、多音字の場合、「音」(読音)と「義」(意味)が対応しており、「本義」(その字本来の意味)には「本音」(本来の音)が対応し、「派生義」にはそれ以外の音が対応するという原則がまずあり、『新華字典』も大体においてその原則に則っているからです。「本義」において字を用いる傾向のある『千字文』には、これが有効というわけなのです。

たとえば、『千字文』の「雲騰致雨,露結為霜」のうち、「雨」「露」「為」は多音字であり、それぞれ『新華字典』にて(一)と表記してあるyu3、lu4、wei2の音を選べばよいわけです。

ところが第11版では、この序列が取り消されてしまっています。第11版の凡例の第2条に次のように言います。

一个字头有几个音的,就列为几个字头,各在注解之末附列其余的音及其所见页码,按音序连排。

多音字のすべての読音が平等に羅列されています。「優先順位」が抹消され、「本義」「本音」を見分ける手がかりを失ってしまったわけです。

『新華字典』第11版は、初学者にとっては使いづらい工具書になってしまいました。「文言基礎」も方針を考え直すか、あるいは「第10版を使い続けることを推奨する」かしかないようです。頭の痛いところです。

『現代漢語詞典』編纂雑識


1979年に『辞海』修訂本が上海辞書出版社から出た前年、1978年の12月、現代漢語の代表的な辞書、『現代漢語詞典』が商務印書館から出版されました。編者のひとりである孫徳宣氏の、「《现代汉语词典》编纂杂识」(『辞書研究』1980年第1輯)を読んで、感ずるところがありました。まずは孫氏の文章を訳して、その編輯経緯をたどります。

  • 『現代漢語詞典』は我が国の解放後、集団作業で編んだ初めての漢語中型詞典で、普通話を広め、漢語の規範化を促進することを編集方針とするものであった。
  • 1956年の後半以来、もとの「中国大辞典編纂処」および「新華辞書社」の一部の人員を中国社会科学院語言研究所に併せ、「詞典編集室」を成立させ、規則を定め、体例を検討し、次の年から大規模に資料を集めて整理をはじめた。
  • 1958年2月に試編を開始し、6月から正式に編写をはじめ、次の年の年末に初稿を完成させ、次々と油印版を印刷して意見を収集した。
  • 1960年には「試印本」を出版し、広く意見を収集した。1965年には「試用本」を出版し、関係各所に送って審査を受けた。1973年、「試用本」の紙型を用いて出版し、印刷部数を増やし、内部発行した。
  • 1966年5月、文化大革命が始まり、詞典の修訂作業は頓挫し、その過程で四人組による重大な妨害と破壊を受け、内部発行を停止した。
  • 四人組が粉砕された後、『現代漢語詞典』ははじめて新生することができ、修訂をさらに加えて、1978年12月、第一版が出版され、正式に発行された。

この修訂経緯は、まさに『辞海』の場合を想起させます。ともに困難な作業であったに違いありません。この文章は、その間の二十数年、孫氏が「よい辞典とは何か」を問い続けたことのもう一つの成果と言えましょう。

特に興味深いのは、「詞典の思想性」と題された第3節です。この場合、「思想性」とは、言うまでもなく共産主義思想の思想性のことです。「我々は社会主義国家であり、上層建築の文化領域の中にある工具書として、無産階級の政治に服務しなければならない、ここには些かの疑問もない」、としながらも、「警察」「商業」「銀行」「政治」などの項目につき、いちいち「無産階級にとってはどうの、資産階級にとってはこうの」とくだくだしく記述していた1960年「試印本」に疑義を呈しています。

我々が考えるに、語文の詞典とは、読者が字音や辞義を調べ、理解することに供するものであり、その注釈は、専門の巨著や百科全書のように委曲を尽くし、細大漏らさず、とはいかない。詞典は、法令でもなければスローガンの抜萃でもなく、宣伝パンフレットや政治教科書の代用にもできない。…。

「愛」「恨」といった条に「階級社会においては、愛(もしくは恨)には階級性がある」という一句を加えるべし、また「刑場」の注釈の「犯人を処刑する場所」の後に「革命烈士が義に殉じた場所」と加えるべし、と主張する同志もあったが、これは必要なのか?

孫氏によると、「形而上学極左思潮」は、別に四人組が作ったものでもなく、1950年代の後半にはすでに萌芽していた、とのこと。1978年にできあがった『現代漢語詞典』は、政治色がほどほどに抑えられています。このことは、まさしく孫氏の良識の賜物であると思われてなりません。それとともに、このような良識をもった人にとって、どれほどその編輯作業が苦しいものであったか、想像するに余りあります。

『辞海』編纂雑談


『辞書研究』1979年2期号に載せられている「《辞海》编纂杂谈」は、『辞海』の修訂にたずさわった方々が寄稿した短文を集めたものです。

  • 综合性辞书浅谈 舒池
  • 辞书编纂中的平衡问题 严庆龙
  • 从一枚金币看作者的辛勤劳动 肖岚
  • 编辞书和查资料 陈光裕
  • 关于”中国”一词的含义 朱方
  • 要让客观事实讲话 陈炳
  • 这也是”水分”! 王自强
  • 怎样介绍科学家 秦振庭
  • 从”福”字说起 卢润祥

面白いもの、面白くないもの、入り交じっていますが、この中で最も印象深かったのは、陳炳氏の「客観事実に話をさせるべし」という一文です。四人組が「堅持革命大批判」のスローガンのもと、『辞海』にきわめて劣悪な影響を与えたとして、「四人組の極左路線の暴威のもと、『辞海』修訂稿には、むやみに批判が加えられるという現象が出現し、「穿靴戴帽」(他人に罪を着せること)がきわめてひどかった」と言い、さらに次の例を挙げます。

たとえば、「劉復(劉半農)」条の釈文の、その中の一段に、「未定稿」では「若い頃には『新青年』の新文化革命運動に参加した。初期の詩作には反封建の傾向があり、詩の形式は民歌の模倣を狙うものであった。後に、思想が保守に向かった」とあった。

しかし、1974年に「語言文字分冊」を修訂した時、時勢に迫られ、「後に、思想が保守に向かった」という部分を「後に思想が後退し、孔子を尊敬し経書を読んだ」と変更した。

もともとは「保守に向かった」といったに過ぎず、とても軽いものであり、「保守」というのも、彼が若い頃に敢えて露骨に革命活動に参加したことや革命の同志たちとともに闘争の前列に立ち、突撃して敵を倒したことと、比較してそういったに過ぎない。それなのに、彼に「孔子を尊敬し経書を読んだ」などというレッテルを貼り、「後退した」などと汚名を着せたことで、性質が変化したのだ。

この変更に、劉復(1891-1934)の娘、劉小蕙が反応して手紙をよこし、「一字の違いには、万鈞の重さがあり、その影響は莫大だ!」と批判した、ということです。そして、父親が決して「後退」していなかったことを、証拠立てて主張した、とその内容を伝えています。

『辞海』の修訂作業において、政治の影響を最も露骨に受けたのは、「穿靴戴帽」の面であったらしく思われます。「穿靴」(「穿小靴」)とは、無理矢理に小さな靴を履かせること、つまり無理に貶めて政敵を苦しめること。「戴帽」(「戴帽子」)は、帽子をかぶせる、つまりレッテル貼りをすること。これらの言葉は、『辞書研究』のこの号に頻出します。それが、『辞海』修訂の一面であったことは疑えません。

それに対して、実害を被ったのは、立項された人物の親族、学生、関係者であったにちがいありません。劉復の例は、そのことを如実にあらわしています。

この陳氏の文以外にも面白いものがありました。単に「中華人民共和国の略」と言って済ませられない「中国」の語の記載をめぐる朱方氏の考察。また、「福」の字に迷信的な要素があるからといってそれを隠すべきでない、風俗を乱すことを恐れて「面首」(意味は各自、お確かめください)という語を載せないのは誤りだ、と述べた盧潤祥氏のものなどが勉強になりました。特に後者には、気骨を感じました。

『辞海』はどのように修訂されたか?


羅竹風「《辞海》怎么修订的?」(『辞书研究』1979年第2期)は、『辞海』修訂の経緯を記録した歴史の証人です。羅竹風氏(1911-1996)は、中国の言語学者、『辞海』修訂の常務副主編で、後に『漢語大詞典』の主編も務められた、とのことです。

1957年に毛沢東が修訂を命じて以来、22年の時を経て、『辞海』修訂本は1979年に完成しました。羅氏は、この22年を次の3期に分けることができると言います。

  • 第1期(1958-1965):16冊からなる「試行本」が出版される。さらに全国から意見を集め、2巻本の「未定稿」(内部発行)が出版される(1965年)。作業は順調に進んだが、一部、「極左思潮」による妨害をうけ、正式出版にこぎつけることはできなかった。
  • 第2期(1966-1976):文革期。「『辞海』未定稿は古今内外の封建思想、資本主義、修正主義を集大成した大毒草だと誣告され、十八層の地獄となり、すべての罪名がその書にかぶせられ、あたかも人間界の罪悪の淵藪となってしまったかのよう」であったという。四人組及びその手下たちの陰謀による被害は甚大なものであった。
  • 第3期(1977-1979):華国鋒による四人組粉砕の後、『辞海』出版の希望も見えてくる。1978年12月、上海市委は「辞海編委会」の恢復と充実を決定し、予定より早く、9ヶ月の作業を経て、『辞海』修訂本が完成する。

羅氏は言います。

二十二年来、『辞海』の修訂作業は、曲がりくねった「之」字形を進んだ。それはまったく、祖国と人民が歩んだ曲がり道を反映してもいる。しかし何であれ、真実がこの手中にあるならば、向かうところ敵なしなのであり、戦って負けなしの偉大な力となるのだ。悠久の歴史の発展という観点からはかるなら、「四人組」の災いなんてごくごく短い一瞬に過ぎず、蟷螂の斧が車に立ち向かうように、うまくゆくはずはなかったのだ。

興味深いのは、羅氏自身の自問、「毛沢東同志は、なぜ『辞海』修訂の任務を上海に委ねたのか?」という問題です。これに対する羅氏の自答は、必ずしも明瞭なものではありません。しかし完成に及んで、羅氏の心に去来するのは「毛沢東の意図」であった、それが根深く内面化されていた、このことの重みを読み取るべきでしょう。四人組の跋扈の背後に存在したのは毛沢東であったはずなのに、羅氏の思考は、「善き毛沢東と悪しき四人組」、という構図から離れることはなさそうです。そして、それは羅氏に特有なものではなく、『辞書研究』を見る限り、多くの人に共有された思考のようです。これは微妙な問題ですから、部外者が騒ぐことではないかも知れませんが。

それにしても、純然たる学術著作と見えるひとつの辞書の背後に、これだけ大きな「政治」の問題が存在していたことに、あらためて驚きの念を禁じ得ません。中国において知識人であることの難しさを考えさせます。

『辞海』修訂始末


民国時代、上海にあった中華書局から出版された辞典、『辞海』。1915年から編集が開始され、1936年に至って完成を見ました。時は移って、解放後の1957年、毛沢東は、上海に命じて『辞海』の修訂をさせる決断をしました。

それから22年後の1979年、『辞海』修訂本は完成し、上海辞書出版社から出版されました。その後も定期的に内容の更新がなされていますが、1979年修訂版こそ、我々が日用している『辞海』のもとです。

『辞海』修訂の経緯について、恥ずかしながら、私はまったく無知でした。それが、先日、唐作藩氏の論文を調べるために『辞書研究』(上海辞書出版社)という雑誌のバックナンバーを見ていたところ、唐氏の論文も載る『辞書研究』1979年2期号こそ、『辞海』の修訂を記念した特集号であることを知りました。

  • 出好辞书,为四个现代化服务:祝贺《辞海》1979年版诞生 本刊评论员
  • 《辞海》怎么修订的? 罗竹风
  • 解放思想是加速《辞海》出版的推动力 束纫秋 徐寿明
  • 尊重历史,实事求是 郭加复
  • 《辞海》编纂杂谈
    • 综合性辞书浅谈 舒池
    • 辞书编纂中的平衡问题 严庆龙
    • 从一枚金币看作者的辛勤劳动 肖岚
    • 编辞书和查资料 陈光裕
    • 关于”中国”一词的含义 朱方
    • 让客观事实讲话 陈炳
    • 这也是”水分”! 王自强
    • 怎样介绍科学家 秦振庭
    • 从”福”字说起 卢润祥
  • 试论辞书的政治性 巢峰
  • 坚持辞书的科学性 徐庆凯
  • 知识性:辞书的中心 杨祖希
  • 谈辞书的稳定性 冯英子
  • 辞典要有简明性 池哲
  • 选词十忌 王芝芬
  • 综合性辞书的体例 严霜 王自强

ここに挙げたもの以外にも、唐氏の論文を含め、直接間接に『辞海』修訂を記念した論文が並んでいます。これらを通覧すると、上海の知識人たちがどのような思いで『辞海』を修訂したのか、その間の22年、彼らがどのような苦難を体験したのか、如実に知ることが出来ます。

なかでも、羅竹風氏の「『辞海』はどのように修訂されたか?」は、それをもっともはっきりとつづった文章です。次回、その内容をご紹介します。

ついでながら、『辞書研究』の創刊号は、1979年1期ですから、この雑誌自体、自社で出版した『辞海』修訂本の出版を契機としていることが分かります。この雑誌は、今もなお刊行が続けれらています。

*『辞書研究』(《辞书研究》)、上海辞書出版社、1979-。 Webcat所蔵館は42館。

唐作藩「破読音的処理問題」


 最近、唐作藩氏(1927-)の音韻学入門を読み、その分かりやすい説明ぶりに舌を巻きました。そこで、もっと唐氏の著作を読みたいと思っていたところ、「破读音的处理问题」(『辞书研究』1979年第2期)という論文があるのを知り、さっそく読んでみました。

 「破読」とは、「一つの漢字の声調を変えて読み分けることにより、本来の意味や文法機能とは異なる意味や文法機能を表すこと」とご理解下さい。「破読音」を持つのは漢字全体からすると一部ですが、重要な漢字には、しばしばこの「破読」が存在します。

 以前、別のサイトで『千字文』を取りあげた際にも、この問題をあつかいましたので、そこから例を引いておきましょう。

  • 005「為」 wei2(平声)/wei4(去声)
  • 007「號」 hao2(平声)/hao4(去声)
  • 007「稱」 cheng1(平声)/cheng4(去声)
  • 011「衣」 yi1(平声)/yi4(去声)
  • 016「王」 wang2(平声)/wang4(去声)
  • 024「難」 nan2(平声)/nan4(去声)
  • 024「量」 liang2(平声)/liang4(去声)
  • 026「行」 xing2(平声)/xing4(去声)
  • 027「正」 zheng1(平声)/zheng4(去声)
  • 028「空」 kong1(平声)/kong4(去声)
  • 032「當」 dang1(平声)/dang4(去声)
  • 033「興」 xing1(平声)/xing4(去声)

 その時には、王力の次のような説明も引きました。

名詞・形容詞が動詞に転化した場合には、動詞を去声で読む。動詞が名詞に転化した場合には、名詞を去声で読む。要するに、転化したものは、一般的に去声で読むのである。(『漢語史稿』1996年重排本、第3章「語法的発展」第31節「語法発展的一般叙述」p.248)

 今日ご紹介する唐作藩氏の著作では、もとの音を「本音」と呼び、転化した音を「破読音」と呼んでいるので、それに従います。いろいろな例から、「本音」は平声・上声・入声、「破読音」は去声(または上声)であることが多いと分かります。

 この「破読」現象について、顧炎武をはじめとする清朝の学者たちは「中古の学者が、無理矢理に区別したもの(強生分別)」と見なしており、その意義を低くしか評価しませんが、それは明確に誤りであり、「破読」が漢語史の展開において、自然に生まれて発達したものであること、すでに王力・周祖謨、そして唐氏の説く通りです。

 さて、この論文における唐氏の関心は、「現代の辞書における破読記述を規範化する」ことにあり、『新華字典』『現代漢語詞典』『辞海』といった現代的な辞書について、実地に検討を加え、体例上の一貫性のなさを指摘しています。

 たとえば、『新華字典』では、「飾る」意の「文」の去声、”wen4″を”旧读”として挙げるのに、「王として君臨する」意の「王」の去声、”wang4″は”旧读”とも何とも言われていない、と指摘し、両者とも現代音に去声の読みはそもそもなく、”旧读”と書いたり書かなかったりで、不統一ではないか、と批判しています。もっともな話です。

 それはともかく、私が興味を持ったのは、唐氏が『群経音辨』『経史正音切韻指南』『馬氏文通』の諸書を駆使して挙げる資料の中で、「いまでは本音が存在しておらず、破読音だけが読音としてあるもの」43字です。

  1. 本音は平声で、破読音が去声だが、いまは去声でのみ読むもの13字:「貫」「怨」「令」「爨」「譽」「治」「忘」「慮」「料」「放」「慶」「任」「縱」。
  2. 本音は上声で、破読音が去声だが、いまは去声でのみ読むもの15字:「上」「下」「右」「柱」「去」「涕」「奉」「後」「近」「夏」「被」「樹」「善」「濫」「造」。
  3. 本音は平声で、破読音が上声だが、いまは上声でのみ読むもの3字:「總」「反」「攘」。
  4. 本音は去声で、破読音が上声だが、いまは上声でのみ読むもの1字:「仰」。
  5. 本音は入声で、破読音が去声だが、いまは去声でのみ読むもの11字:「炙」「*」「借」「貸」「告(誥)」「射」「覆」「刺」「帥」「畫」「易」。ただし、これは現代音では入声がないので、去声しかない、ということ。なお、「*」は唐氏の原文では「師」ですが、「錯」か何かの誤りだと思います。

 失われてしまった本音は、どこに行ってしまったのでしょうか?とても興味深い問題です。それとともに、去声というものの不思議さに、さらに惹かれてしまいます。

 「この程度のことは、『馬氏文通』を読んでいれば当たり前のことだ」とも言えます。私は遅ればせながら、唐作藩氏のこの論文を通して馬建忠『馬氏文通』(1898年刊)の力量を再認識しました。

十師友


一、辞源修訂本
心から尊敬できる師匠です。慈愛に富み、どんな疑問にも真摯に答えてくれます。おっしゃることは精確で、軽口をたたくことはありませんが、かといって近寄りがたい先生ではありません。いつでも穏健な口調で答えてくれます。

二、新華字典
円満な人格をもち、子どもから専門家まで、どんな人の相談にものってくれる頼もしい人です。証拠がどうの、歴史がどうのといった、学者ぶった言い方をしないので、軽んじてバカにする半可通が多いのは残念です。本当はものすごい学識を持った方なのに。この人には、漢英双解という名の弟がいて、弟の方はバイリンガルですから、外国人にとっては、よりつきあいやすい人物だといえます。

三、辞通
つきあいを始めた頃は、「うがったことをいう、偏屈な先輩だな」という印象を持ちましたが、よくよく人物を知れば、至極、まっとうなことをいう筋の通った人です。今では、「この角度からの見方は不可欠!」と思って、よく質問します。辞源先生の口からは聞くことのできない古代語の説明をしてくれます。

四、聯綿字典
ものの考え方としては、辞通さんと近い立場の人です。話題が広く、資料を次々と示してくれるお話は、確かに面白いのですが、「眉唾ものかな?」と思わせる時もあります。辞通さんの話を聞いたついでに、ちょっと意見をうかがうことが多いです。

五、古代漢語虚詞詞典
中国語の中でも、難しくて微妙なニュアンスをもつことばに精通しています。賢い人で、説明も的確だとは思いますが、「もう少し教える工夫をしてくれると、もっと気軽に質問できるのにな」と感じています。

六、漢語大詞典
何しろ物知りなので、世界中の学者に頼られていて、人気があります。ただ、辞源先生門下の私としては、個人的には全幅の信頼をおくには至っていません。「収録語彙数が一番多いから、一番優れた辞書だ」と真顔で言う人は、馬鹿だと思っています。

七、辞海
ちゃんとした先輩です。常識的な知識を確認するために質問すると、「これくらいは正確に押さえておけよ!」と力強く答えてくれます。

八、経籍籑詁
堂々たる風格の老先生です。あまりにも格調だかいので、最初は気おされてしまいましたが、朗々たる訓釈に慣れてしまえば、いつ質問しても、「訓詁の真髄に触れることができた」という満足感を得られます。

九、ロングマン米語辞典
外国人にとって分かりやすい説明をしてくれますし、教える工夫にたけた人なので、気軽に英語の質問ができます。教わったことは確実に理解できます。

十、広辞苑
日本語をズバリと説明してくれる人が少ない中で、頼りになります。疑問があれば必ず聞くようにしています。時折、説明のために画いてくれるイラストも上品です。ただ最近は、調べ物をすることが多いので、日本語に関しては、日本国語大辞典さんによく質問します。