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『春秋説題辞』は「春秋説」の題辞にあらず


『春秋説題辭』は、『春秋』という経書に付会された「緯書」のひとつで、前漢末ごろにできたもののようです。

有名な緯書として、『易(緯)乾鑿度』などの「易緯」、『尚書(緯)考靈曜』などの「書緯」、『詩(緯)推度災』などの「詩緯」、『禮(緯)含文嘉』などの「禮緯」や「樂緯」、『春秋(緯)元命包』などの「春秋緯」、『孝經(緯)援神契』などの「孝經緯」、そして「論語緯」などがあります。緯書の題は、普通の書物と少し異なり、経書の名称を除くと、「推度災」「援神契」など、三文字でつけられるのが一般的です。

shuoticiそういうわけで、『春秋説題辭』も、もちろん春秋緯である『説題辭』という書物だと理解していたのですが、中国から出版されたある点校本に「《春秋說・題辭》」となっていたものですから、驚いてしまいました。虚をつかれたという感じでしょうか。

網羅的に緯書の佚文を集めた安居香山・中村璋八編『緯書集成』(明徳出版社、1971-1992)などを見ると、確かに、『春秋説題辭』などの「春秋緯」を「春秋説」として引用した例は少なからず存在します。

しかし、たとえば『春秋公羊傳疏』(序の疏)に「故《說題辭》云:傳我書者公羊高也」とあるように、「春秋」を冠せずにただ「説題辭」に云う、として引用した例もまた少なくないことを考えれば、「《春秋說・題辭》」の標点は誤りであることが分かりましょう。

「説題辭」も、「推度災」「元命包」「援神契」などと同様、三文字の書名であるはずなので、「《春秋說・題辭》」はいただけません(写真下段の「𣏟」字の段注に見えます)。

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蘭子とは


『列子』説符篇に「宋有蘭子者,以技干宋元」とあり、「蘭子」という語が見えています。何のことでしょうか。

小林勝人氏は、この一文、次のように訳しています。

 宋の国に蘭子と呼ばれる流れ者の曲芸師がいて、その曲芸を宋の元君に売り込みに行った(『列子』下冊、岩波文庫、1987年、p.188)。 

また、『漢語大詞典』では「蘭子」の一語を「技を以て妄りに游ぶ者なり。即ち江湖を走る人を指す。蘭は「闌」に通じ、妄なり」と説明しています。小林氏の解釈と似た方向です。殷敬順が『列子釋文』を書いて「『史記』無符傳出入謂之闌。此蘭子,謂以技妄遊(『史記』に符傳無くして出入するを之(これ)闌と謂う。此の蘭子、技を以て妄りに遊ぶを謂う)」といいましたが、小林説、『漢語大詞典』説とも、これに影響されたものでしょうか。

一方、『説文解字』十二篇上、門部に、「𨷻,妄入宮掖也。从門䜌聲。讀若闌。(𨷻、妄りに宮掖に入る也。門に从(したが)い䜌の聲。讀みて闌の若(ごと)し)」とあります(なお段玉裁注本は「掖」を「亦」に作る)。そして段玉裁は次のように言います。

『漢書』以“闌”爲“𨷻”字之叚借。成帝紀:「闌入尚方掖門」。應劭曰:「無符籍妄入宮曰闌」。又或作“蘭”。『列子』:「宋有蘭子」。張湛注曰:「凡物不知生之主曰蘭」。殷敬順曰:「『史記』無符傳出入謂之闌。此蘭子,謂以技妄遊」。

『列子』に出てくる「蘭」子は、「𨷻」子の假借字だ、ということでしょう。なお張湛注の本文は、世徳堂本に基づき「凡人物不知生出者謂之蘭也」とするのが正しいというのが、王叔岷の説です(『列子補正』台聯國風出版社、1975年、p.390)。

「𨷻」(ひとまず『説文』に依拠して、「𨷻」を本字、「闌」「蘭」を假借字とみなして話を先に進めます)の字義は、「(宮門や関所などを)許可なく通過する」、ということにな

lanwangりそうです。そうだとすると、『列子』にいう「宋有蘭子者」とは、おそらく、「外国から勝手に亡命して宋に来ている人」、ということでしょう。芸人がどうのということは関係ありません。張湛が「凡そ人物の生出を知らざる者、之を蘭と謂う也」とするのは、正解に近いと思います(その土地の出身者でないから、出生地が分からないということ)。

ただし、『史記』や『漢書』には「闌入」「闌出」などの語彙が見えていますが、「𨷻」を用いた例はないようです。また、睡虎地秦簡『法律答問』48に「告人曰邦亡,未出徼闌亡,告不審,論可殹」とあるように、秦代の簡牘に書かれた法制史料には「闌亡」の語がよく見えていますが(右側の写真は『嶽麓書院藏秦簡』4から)、こちらも「𨷻」を用いてはいません。「𨷻」がその本字であるというのが、『説文』以外の資料によって裏付けられないのは残念です。

2015年のまとめ


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千慮の一失


「一曰相臣」
「一曰相臣」

昨日、土曜日の午前中に、同好の人が集まって段玉裁『説文解字注』の読書会を開き、その席で、白須裕之先生にたいへん面白いことを教えていただきました。

『説文解字』三下、攴部「徹」字は、段注本では次のようになっています。

通也。从彳、从攴、从育。一曰相臣。

末尾の「一曰相臣」に注をつけて、段玉裁は「疑有譌。鉉本無此四字」と言います。

そもそも段氏が『説文解字』を校訂した際、徐鉉が校訂した「大徐本」と呼ばれる本文を基礎とし、徐鍇『説文解字繫傳』(「小徐本」)などの本文を参照して、定本を作りました。大徐本や小徐本の詳細につきましては、頼惟勤『説文入門』(大修館書店、1983年)の第1章をご参照ください。

この部分につき、大徐本(鉉本)に「一曰相臣(一説によると、徹とは大臣のこと)」の句がない、というわけです。確かに様々な大徐本は、ただ「通也。从彳、从攴、从育」とのみ作っています。

この部分、段氏が小徐本によって補ったものと推測できるのですが、なんとなんと、確認してみると、小徐本では「一曰相」とするのみで、「臣」は下の文に続いているのです。

以上の指摘を白須先生からいただき、驚いた次第です。ケアレス・ミスに属する誤りであり、普通の学者ならばしばしば犯す失敗なのですが、綿密な考証を得意とする大学者、段玉裁には実に似つかわしくないものと感じられました。

徐時儀校注『一切經音義三種校本合刊』


「ぶつける」という意味を表す「棖觸」という語彙につき、こだわって調べていたところ、白須裕之先生から、興味深い事実を指摘していただきました。この「棖觸」は、唐代以前には「掁觸」「摚觸」「樘觸」「撐觸」「撑觸」「㲂觸」「𢾊觸」などとも表記し、隋以前の漢訳仏典に広く見られ、唐代の玄應の『一切經音義』には、その指摘が多い、という事実です。これについては、いずれ網羅的に資料を挙げてみましょう。

この語彙を調べてあらためて思ったのですが、唐の玄應『一切經音義』と、同じく唐の慧琳『一切經音義』の二書は、中国中古のことばを知る上で絶好の資料というべきです。漢訳された仏典は、この時期の中国語を考えるための素晴らしい資料であり、そして、その仏典を語学的に解釈したこの二つの音義書が、資料的にたいへん貴重である、という意味です。

この二つの『一切經音義』、資料としてはよく知られ、利用されてきてもいたのですが、これぞという定本がなく、その出版が待たれていました。そこで登場したのが、この本です。

  • 徐時儀校注『一切經音義三種校本合刊』上海古籍出版社,2008年
  • 王華權、劉景雲編撰『一切經音義三種校本合刊索引』上海古籍出版社,2010年

この本は、前述の玄應・慧琳の『一切經音義』のほか、遼の希麟『續一切經音義』もあわせて校勘・標点を施したものであり、これまでの渇を癒してくれました。

その後、ほどなく同じ校訂者により、次の書物が出版されました。

  • 徐時儀校注『一切經音義三種校本合刊附索引(修訂版)』上海古籍出版社,2012年

この本の出版説明を見たところ、前者が品切れになり、また不備も見つかったので、そのために修訂版を出版したもののようです。内容をざっと比べてみたところ、大差は見出せませんでした(体例の不統一を修正したところはあるようですが)。もし古い版を安価に入手できるようであれば、私はそちらをおすすめします。

いずれにせよ、かなり信頼できる『一切經音義』の校本が世に問われたことは、喜ばしい限りです。

2011 in review


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シドニーオペラハウスのコンサートホールには2,700人が入場できます。2011にこのブログは約27,000回表示されました。シドニーオペラハウスのコンサートに置き換えると、満員のイベント約10回分になります

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2010 in review


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Healthy blog!

The Blog-Health-o-Meter™ reads Wow.

Crunchy numbers

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A helper monkey made this abstract painting, inspired by your stats.

The average container ship can carry about 4,500 containers. This blog was viewed about 15,000 times in 2010. If each view were a shipping container, your blog would have filled about 3 fully loaded ships.

In 2010, there were 78 new posts, growing the total archive of this blog to 125 posts. There were 54 pictures uploaded, taking up a total of 45mb. That’s about 1 pictures per week.

The busiest day of the year was December 5th with 250 views. The most popular post that day was 『説文』540部.

Where did they come from?

The top referring sites in 2010 were blog.livedoor.jp, d.hatena.ne.jp, ancientchina.blog74.fc2.com, a.hatena.ne.jp, and twitter.com.

Some visitors came searching, mostly for xuetui, 学退筆談, 文言文, 啓功, and 陶鴻慶.

Attractions in 2010

These are the posts and pages that got the most views in 2010.

1

『説文』540部 November 2010
26 comments

2

唐作藩「破読音的処理問題」 June 2010
13 comments

3

Xuetui April 2010

4

読書雑誌 April 2010

5

首施とは何ぞや?『辞通』編纂始末 September 2009
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