「帯」は無用である


『礼記』喪服小記に、次の経文があります。

齊衰,惡筓以終喪。

斉衰(しさい)の場合、(女性は)粗末な髪飾りを着け、(そのまま)喪を終える。

近しい人が亡くなった時の定めである喪服(そうふく)には、五種類あります。

  • 斬衰(ざんさい)。最も重い喪服で、子が父に服したり、父が長男に対して服する場合のもの。
  • 斉衰(しさい) 。斬衰に次いで重く、子が母に服したりする場合のもの。
  • 大功。斉衰に次いで重く、男子がすでに嫁いだ姉妹に服したりする場合のもの。
  • 小功。大功に次いで重く、男子が伯祖父母に服したりする場合のもの。
  • 緦麻(しま)。最も軽い喪服で、男子が族曾祖父母に服したりする場合のもの。

『礼記』喪服小記には、二番目に重い服である斉衰の場合、女性は粗末な髪飾りを着け、喪を終える、と書いてあるわけですが、なぜか、これに対して鄭玄の注は、髪飾りだけでなく、帯をも説明しているのです。

筓所以卷髮,帶所以持身也。婦人質於喪,所以自卷持者,有除無變。

髪飾りは髪をまとめるための道具であり、帯は身を持するためのものである。婦人は喪においては簡素であり、それゆえみずから髪をまとめたり身を持したりするものには、(喪を終えて)やめることだけが定められており、途中で変更することはない。

一般的に『礼記正義』は、阮元が整理して校勘記を付けた南昌府学本が用いられていますが、この部分、次のような校勘記が付けられています。

齊衰惡笄以終喪 閩、監毛本同。石經同。岳本同。嘉靖本同。衞氏集說同。《考文》引古本、足利本,齊衰下有帶字。段玉裁挍本云:「惡笄下應有帶字。按注云:笄所以卷髮,帶所以持身。先釋笄,後釋帶,是脫帶字,不當在惡笄上。正義亦云:此一經明齊衰婦人笄帶終喪無變之制,亦先言笄,後言帶。是皆惡笄下應有帶字之確證。段玉裁是也。正義出經文此句二見,並脫帶字,亦當補。○按:段玉裁又云:《儀禮》喪服布總箭笄疏引《喪服小記》云:「婦人帶惡笄以終喪」,有帶字而在惡笄之上,是各本不同也。

段玉裁の説に基づき、「齊衰,惡筓帶以終喪」と、「筓」の下に「帶」字があるのが正しい、という判断です。鄭玄が「筓」と並べて「帶」をも解いているのが主たる根拠とされています。

しかしこれに対し、ひとつの反証があります。先日、ご紹介した『礼記子本疏義』に、鄭注「筓所以卷髮,帶所以持身也。婦人質於喪,所以自卷持者,有除無變」を釈して、次のようにいうのがそれです。

艷言帶耳。

この短い一文はなかなか難解ですが、「修辞を美しくして帯にも言及しただけである」の意ではないかと思うのです。少なくとも、「耳」とは、経文にない「帶」字に注が言及したことに対する、疏義の説明ではありましょう。

そうであるとすると、少なくとも皇侃(488-545)、鄭灼(514-581)らが見た『礼記』の経文には、「帶」の字がなかった道理です。字を補うのは性急に過ぎるように思われます。

なお、北京大学出版社版『礼記正義』(1999年、横排簡化字版)では、次のような経文を掲出しています。

齊衰,惡筓,帶以終喪。(p.956)

阮元校勘記を引用して、それを根拠に字を補ったわけです。さらにまた、この経文に対応する疏の部分にも、経文の引用があるのですが、そこでも同様に「帶」字を補って標点しています(p.957)。

字を補うことが無根拠というわけではないのですが、上記の句読は問題です。これでは意味をなしません。少なくとも、「筓」の後の読点は削除すべきでしょう。

“「帯」は無用である” への 6 件のフィードバック

  1. 古勝 隆一先生
                            2012年10月30日
    前略。
    ◎「北京大学出版社版『礼記正義』」。
    私の手許にある十三経注疏・整理本『礼記正義』(北京大学出版社2000年12月第1版)P.1113には、「齊衰,惡筓,以終喪」と「帶」字は補われていません。また、「経文に対応する疏の部分」P.1114「故云、惡筓以終喪」も「帶」字は入っていません。なお、段氏『経韻楼集』巻3には、「喪服小記齊衰惡筓帶以終喪・箭筓帶終喪三年」という論文がありました。藤田 吉秋

  2. 藤田さま

    お調べくださいまして、まことにありがとうございます。北京大学出版社が出した十三經注疏に、横組み簡体字版と縦組み繁体字版があることはむろん認識していたのですが、両者の間に違いがあるとは、思い至りませんでした。たいへん勉強になりました。段氏の論文につきましても、ご指摘ありがとうございます。重ねて感謝申し上げます。

    学退上

  3. 古勝 隆一先生
                            2012年11月3日
    前略。
    ◎「『帯』は無用」。
    王念孫『経義述聞』巻15「礼記・中」「齊衰惡笄」を写してみました。

    「喪服小記」、「齊衰、惡笄以終喪」。〖考文〗引〖古本〗・〖足利本〗、「惡笄」上皆有「帶」字。
    段氏若膺曰、「案注云、『笄所以卷髮、帶所以持身』。先釋『笄』、後釋『帶』。正義云、『此一經、明齊衰婦人笄帶終喪、無變之制』。亦先言『笄』、後言『帶』。則經文『帶』字當在『惡笄』下。〖儀禮〗『喪服』、『布總箭笄』疏引『喪服小記』云、『婦人帶惡笄以終喪』。『帶』字在『惡笄』上。是各本不同也」。
    家大人曰、「『笄』在首、『帶』在要。故注及正義、皆先『笄』而後『帶』。若經文則不然。故正義述之云、『要絰及笄、不須更易』。要絰、即帶也。不云『笄及要絰』、而云『要絰及笄』、則經文之先『帶』後『笄』、明矣。『喪服』及『士虞禮』疏兩引此文、皆作『帶惡笄以終喪』。是孔・賈所見本、『帶』字皆在『惡笄』上。與〖考文〗所引〖古本〗・〖足利本〗同。自〖唐石經〗始脱『帶』字、而正義内兩擧經文、皆無『帶』字。〖通典〗禮四十五、亦無『帶』字。則皆後人據已脱之經文刪之也」。

    段氏は「惡笄帶」、王氏は「帶惡笄」。また、王氏は「正義内兩擧經文、皆無『帶』字」、阮氏は「正義出經文此句二見、並脱『帶』字」と同じことを言っています。しかし、この正義の2例と『古本』・『足利本』以外の諸本と『通典』とに「帶」字の無いのが、「字を補うのは性急に過ぎる」とのお説の何よりの証拠かと思います。藤田 吉秋

  4. 藤田様

    いつも、丁寧にお調べくださり、資料をご教示くださいまして、まことにありがとうございます。王念孫の説も、おもしろく拝読しました。賈公彦の引用二条と、『七経孟子考文』の引く諸本を根拠とし、「齊衰、帶惡笄以終喪」とするのが唐初のかたち、というわけですね。

    賈公彦の見た『礼記』が、王氏のいうとおりの経文を持っていた可能性は十分にあると思います。しかし、『礼記正義』所拠の経文がそうであったとは、いえないように思います。「孔・賈所見本」というまとめかたには、問題があります。唐石経・通典うんぬんというのは、完全に推測で話を作っており、このあたりは、要注意であると思いました。

    どうもありがとうございました。重ねて御礼申し上げます。

    学退上

  5. […] 「「帯」は無用である」と題して、先日、このブログに一文を書きました。現行の『礼記』喪服小記に「惡筓以終喪(女性は粗末な髪飾りを着け、そのまま喪を終える)」とありますが、段玉裁は「惡筓帶以終喪」というのが正しく、現行本は「筓」字の下に「帶」字を脱している、と主張します。 […]

  6. 清朝考証学を引用している方は中国人でしょうか、王念孫のいふ方が正確で段玉裁が間違えているのでしょうか。『礼記子本疏義』の鄭注の注、艶言帯耳は帯を付加しただけなので、説明でしょうか。齊衰帶惡笄以終喪でもよいでしょうか。

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