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『京大東洋学者 小島祐馬の生涯』


岡村敬二氏『京大東洋学者 小島祐馬の生涯』を読みました。

『京大東洋学者 小島祐馬の生涯』
臨川選書29
岡村敬二 著
四六判・並製・紙カバー装・304頁
本体2,000円+税
ISBN978-4-653-04114-6

出版社の簡潔な紹介を転載しておきます。

小島祐馬(おじますけま 1881~1966)は、京都帝大教授を退官後、その学識と手腕を惜しまれつつも早々に故郷高知へ帰り、 晴耕雨読の暮らしのかたわらで地域の人々との交流と文化の振興に尽くした。その生きかたの背景にあったのは 何であったのか。幼少期から晩年に至るまで、高知大学小島文庫に残る草稿やメモ類、また関係者の回想から丹念に綴る。

目次も転載します。

<目次>
はじめに

第一章 小島祐馬の学んだ草創期京都帝国大学文科大学
恩師 狩野直喜のこと/義和団事件と狩野の北京籠城
狩野直喜と内藤虎次郎との出会い/敦煌学の展開
羅振玉の京都在住/懐徳堂を支援/東方文化事業
東方文化学院京都研究所の創設/満洲国の建国と日満文化協会
〈コラム〉府立図書館での敦煌文書の展示敦煌文書の展観
スタイン、ペリオの京都来訪/文科大学・文学部教授の懐徳堂での講義
橋川時雄と狩野直喜/東方文化学院京都研究所の設計

第二章 京都帝国大学文科大学卒業まで
小島祐馬の生涯を語るにあたって/幼年期から五高進学まで
五高から京都帝国大学法科大学へ/文科大学の小島祐馬/河上肇との出会い

第三章 嘱託講師の時代
京都府立一中の講師として/河上肇に論文執筆を促される
困難を打ちて通れば/河上肇の『社会問題研究』刊行事情
抱関撃柝/河上肇『改版社会問題管見』の序文をめぐって
学術雑誌『支那學』創刊/「東洋の道を摂(おさ)めた我が道統」
三高講師の小島と学生の桑原武夫/京都帝国大学文学部助教授に就任
対支文化事業の「趣意書」/弘文堂の労働争議/河上肇の「最初期の弟子」か
〈コラム〉河上肇の妻と母

第四章 教授就任と帝国大学総長任命権問題
京都帝国大学文学部教授/濱田耕作総長の辞職願
帝国大学総長任命権問題の発端/東京・京都両帝大の協議
京都帝国大学案/任命権問題のあいまに/京都帝国大学人文科学研究所所長

第五章 定年を迎えて高知へ帰郷
小島の退官、河上の京都転居/小島の高知帰郷/帰田の願いがかなう
小島邸に書庫/高知での日々の暮らし/正壽夫人の歌と書/抱甕灌圃

第六章 戦後の高知暮らし
小島祐馬の戦後/文部大臣就任の打診/高知県知事・高知大学学長候補
学士院会員になる/晴耕雨読の百姓暮らし/源泉は滾々として昼夜をおかず
櫛田フキの選挙推薦文/高知市夏季大学/向井章、津田穣、安田二郎

終章 小島祐馬の晩年
東洋風の修身と西欧風の治国/郷土史家として/カルピス文化叢書
桑原武夫との対談/小島祐馬の死去

補論 黒谷・法然院に眠る東洋学者たち
狩野直喜 読むことが目的/謹厳実直
内藤虎次郎 三餘堂と恭仁山荘/古書をめぐって暗闘
桑原隲蔵 工房としての書斎/好事家趣味を排して
小川琢治 小如舟書屋/新着の洋書を見ながら講義
濱田耕作 カフェ・アーケオロジー/法然院の青陵塔

参照文献・引用文献一覧/おわりに/索引

小島氏が残した原稿・メモ・手紙などが、その郷土の高知大学図書館に「小島文庫」として残されており、それらは松田清先生が整理されたとのことですが、こういった資料を活用してまとめられた本書では、私的生活の細部なども掘り起こしているだけに、相当な迫力があります。

雑誌『支那学』発刊前後のことなども書かれており、小島氏を軸としつつも、多くの学者たちを登場させ、当時の京都のシナ学を総体として描いているように感じられました。

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『井筒俊彦の学問遍路:同行二人半』


井筒俊彦氏(1914-1993)のお仕事の背後に、夫人である井筒豊子氏の尽力があったことは知っておりましたが、たいへん残念なことに、夫人は今年の4月25日に亡くなられたとのことです。

その井筒豊子氏の著書、『井筒俊彦の学問遍路ー同行二人半』(慶應義塾大学出版会、2017年)が、この9月に刊行されました。出版社のサイトから、紹介を引用します。

昭和34(1959)年、ロックフェラー基金で海外研究生活をはじめた井筒俊彦。
それ以降20年に及ぶ海外渡航生活のなかでの研究者との出会い、マギル大学、エラノス学会、イラン王立哲学アカデミー等での研究と生活を豊子夫人が語る。
▼豊子夫人、追悼企画。

昭和34(1959)年、ロックフェラー基金で海外研究生活をはじめた井筒俊彦。
それ以降20年に及ぶ海外渡航生活のなかでの研究者との出会い、マギル大学、エラノス学会、イラン王立哲学アカデミー等での研究と生活を豊子夫人が語るインタビュー、エッセイ、論文を通して、鮮やかに蘇らせる。

目次

井筒俊彦の学問遍路――同行二人半


カイロの月
ウェーキ島
モントリオール
乳と蜜の流れる国
モロッコ国際シンポジウム傍観記


言語フィールドとしての和歌
意識フィールドとしての和歌

  豊子夫人が語る井筒俊彦先生 澤井義次
  井筒豊子 略年譜

第1のセクションはインタビューの記録、第2部はエッセイ、第3部は論考となっています。私はまずインタビューから読み、井筒俊彦氏の学問生活について知ることができたことを感謝しました。偉大な人は、その人が偉大であるだけでなく、素晴らしい人たちとの縁で繋がれていることを知りました。夫人の口から直接に語られたものであるだけに貴重です。

第2、第3のセクションは、夫人ご自身の文章で、優美な文体と深い洞察を兼ね備えているように感じられました。言葉の選択や文化を見つめる目など、井筒俊彦氏に似ている部分がある一方、特にエッセイなどの文章表現は夫人独特の感触をそなえたものと思われました。インタビューで語られた平明な言葉とはかなり異質な、文学性の高いものを感じました。

井筒俊彦氏に関心をお持ちの方には、是非ともお読みいただきたい一冊です。

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井筒俊彦の『老子道徳経』理解


井筒俊彦(1914-1993)は、1970年代、テヘランにおいて『老子』のペルシア語訳ならびに英訳を行いました。

井筒の没後、その英訳版は2001年に慶應義塾大学出版会から出版されました。

Lao‐tzŭ : the way and its virtue
translated and annotated by Toshihiko Izutsu
Keio University Press 2001 1st ed
The Izutsu library series on Oriental philosophy, v. 1

さらにその後、同じく慶應義塾大学出版会が、「井筒俊彦英文著作翻訳コレクション」と題して、井筒の英文著作を日本語訳することを計画しました。

そして今春、「井筒俊彦英文著作翻訳コレクション」の一冊として、『老子道徳経』が刊行されるに至りました。

井筒俊彦著、古勝 隆一訳『老子道徳経』、慶應義塾大学出版会、2017年4月

laozidaodejing2001年の英語版を編輯されたのは、天理大学の澤井義次先生ですが、私もその時に少しばかりお手伝いさせていただき、今回もそのご縁で、日本語版への翻訳を担当いたしました。

私にとってこの訳出作業は、井筒の『老子』理解を知るよい機会となりました。その概要は、本書の「訳者解説」に書いておきました。

縁あって、この連休中に、福岡県朝倉郡の信覚寺(浄土真宗本願寺派)というお寺で、少しばかり井筒の『老子』理解についてお話しさせてもらうつもりです。

『老子』という中国古典が、現代においてどのような意味を持ちうるのか、皆さんと語り合うことができれば、と期待しております。

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『中国文明 農業と礼制の考古学』


岡村秀典氏『中国文明 農業と礼制の考古学』(京都大学学術出版会、2008年、学術選書36、諸文明の起源6)を読みました。

中国の地における新石器時代から殷周時代までを射程に収め、きわめて複雑に展開した多様な諸「文化」が、如何にしてからまりあって影響しあい、後世に見られるような中国文明にまとまったのか、その諸相を明らかにしています。

  • 第1章 中国文明とは何か (1)四〇〇〇年におよぶ中国文明/(2)中国文明の空間動態
  • 第2章 文明の胎動ー紀元前三千年紀の龍山時代 (1) 農耕社会の成立/(2)複雑化する社会/(3)地域間交流の拡大
  • 第3章 文明の誕生ー紀元前二千年紀前半の二里頭文化 (1)王朝の成立/(2)中国的世界の形成
  • 第4章 初期国家の成立ー紀元前二千年紀後半の殷周時代 (1)農業生産の発展/(2)複雑化する王都の構造/(3)地方支配の構造/(4)王統と王陵の成立
  • 第5章 文明・王朝・国家の形成 (1)都市と農村の分化/(2)祭儀国家の成立

中国考古学に関する書物は少なくありませんが、「農業」と「礼制」とを中心に据えて考古学を解く書物は珍しいといえましょう。

本書を手にした読者はそこに戸惑うかもしれません。しかし、著者が奇を衒ったわけでまったくないことは、読んでみれば分かるはずです。

少し考えてみると、農林水産業や畜産は人間が生存する基盤を作るもの、そして礼の制度は現在に至る中国文明の核心をなすもの。周代から遡って歴史を考えるには、不可欠の要素と言えましょう。

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(本書「はじめに」xiiiより)

前三千年紀には、すでに長江中流域・下流域、黄河中流域・下流域の諸文化が相互に影響を与えあっていたこと。「琮」という玉器があり、『周礼』にも見えますが、これが、長江下流域の良渚文化に由来すること。羊は西域から中国の北西部に伝わって、その肩甲骨を焼く占いが元となり、後世の牛の肩甲骨や亀の腹甲を焼く甲骨占に発展していったこと。河南省偃師市に栄えた二里頭文化を夏王朝と見なしうること、そしてその文化が周辺の他文化に大きな影響を与えるようになったこと、などなど。

そのようなさまざまな事実が明らかにされた上で、これら事実に基づき、中国に発達した古代の諸文化が、相互にどのような影響を与えながら展開を遂げ、殷周代へと結実して行ったのかが解き明かされています。

「考古学」対「歴史学」。「黄河文明」対「長江文明」、あるいは「北」対「南」。「殷」対「周」。このような対立軸が、先行研究においてしばしば語られてきました。しかし、そのような対立を過度に強調することは、図式的な単純化を生むに違いありません。岡村氏はこれらすべてに抗いつつ、古代史を見晴らす視野を与えています。

わたくしは古代史について乏しい知識しか持ちませんので、専門的なコメントはできませんが、本書には大きな感銘を受けました。

巻末に付けられた「文献案内」も充実しており、若い考古学徒に向けて作られたものとみえます。次世代の研究者の道標となるに違いありません。

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『環境から解く古代中国』


原宗子氏の『環境から解く古代中国』(大修館書店、2009年、 あじあブックス 65)を読みました。まずは、目次をご覧ください。

  1. 「象」という字は、なぜできた?-殷周期の気候変動
  2. 「七月」が詠う冬支度-西周期の黄土高原
  3. 孔子の愛弟子・子路のバンカラの秘密-春秋~漢の毛皮観
  4. 「株を守る」のウラ事情-戦国期中原の開発と鉄器
  5. ホントは怖い(?)「一村一品」政策-春秋~漢代の斉の特殊性
  6. 合従連衡は、異文化同盟?-戦国秦漢期、北方・燕の環境
  7. スパイ鄭国の運命-秦の中国統一と大規模灌漑
  8. 司馬相如のカノジョはイモ娘?-秦漢期・四川に生きる心意気
  9. 「公共事業」は昔も今も……-漢・武帝期の大規模灌漑と後遺症
  10. “帰順”匈奴のベンチャービジネス-漢代の「ペットボトル」と大狩猟イベント
  11. 海と女と酒と「叛乱」-王莽・新の税制と環境
  12. 戦国男の夢実現(?!)-漢代シルクロードを支えた「内助の功」
  13. 曹操も手こずった黄河の凍結-魏晋南北朝の気温変化と戦法
  14. 均田制、もう一つの貌-五胡から唐宋期の樹木観
  15. 「貧困の黄土高原」はなぜできた-明清・中華帝国の光と影

目次を見ただけでも、実に面白そうではありませんか?読んでみると、文章もよくこなれており、読者が楽しく読めるような工夫が施された一冊でした。

このところ、授業では学生諸君とともに『孟子』を読んでおり、古代にもあらためて関心が向いているのですが、ただ古典を淡々と読むだけでなく、先秦時代の人々が、人類の一員として、どのような環境のなかで何を考えながら暮らしたのだろうか、と、彼らの生活に思いを馳せるようになりました。

そのためには、古典漢語に関する知識や書物についての理解が必要なことはもちろんですが、それだけでなく、人類学・考古学の知見をある程度まで理解し、人々が気候変動や自然環境の変化に対処しつつ、食料獲得の習慣をどのように変え、そうした環境に応じて生活したことこそが、中国思想が生まれて育まれた条件となっている以上、中国の環境史に対して理解を深めることが、自分が古書を読む際に欠かせないのではないか、と考えるようになりました。

環境について学ぶ目的は、もちろん現在、人類が直面している環境問題の深刻さを一方では意識したものではあるのですが、他方、中国の歴史、それ自体を知るためにも、自分自身、これまであまりにこの方面について無頓着であったのではないか、といった反省を背景としてもいます。

本書、『環境から解く古代中国』は、主に殷代から漢代までの環境史を対象としており、日本人にも比較的よく知られたエピソードを取り上げて、中国の地に生きた人々の生活と環境、そして思想を語っています。

本書から一例を挙げるなら、『韓非子』に見える「守株」のエピソードは、殷が滅びた後に建国された宋の地では、新たに森林を伐採して農地としたのではないか、そうであるからこそ、はたけに切り株が残されており、しかも森林を住処とするウサギが近くに棲んでいたのだ、と原氏は推測しています。たいへんに刺激的な考察です。

こうして、環境というものを念頭において古書を読み直すと、確かに、古書はこれまでとかなり異なった面貌をもって我々の前に現れてくるように思うのです。肩のこらない書物ですから、中国史を専門としない方にも勧められそうです。

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『中国仏教史籍概論』日本語版


最近、陳垣(1880-1971)の名著、『中国仏教史籍概論』(中華書局、1962年。初版の序文は1955年10月)の日本語版が出版されました。

西脇常記・村田みお訳『中国仏教史籍概論』、知泉書館、2014年1月

中国仏教史籍概論
中国仏教史籍概論

陳垣の書物を日本語に訳したものとして、かつて野口善敬氏による訳註、『訳註清初僧諍記―中国仏教の苦悩と士大夫たち』(中国書店、1989年)が刊行されました。

それに続き、本書、『中国仏教史籍概論』が日本語に訳されたわけです。陳垣の学問を敬愛する者として、陳氏の業績が日本の読者にとって身近なものとなったことを嬉しく思います。

本書は、中国仏教史にも造詣の深い陳氏が、史書としての内容を備える仏教関連書籍を解説したものです。それらの書物により史実を考証することに主眼が置かれているため、中国仏教の概説というわけではありません。

あわせて六巻、目録書や僧侶の伝記など、三十五部の書物を紹介しています。もともと戦前、陳氏が講義用に書いた原稿を、解放後に出版した著作とのこと。

  • 巻一 『出三蔵記集』/『歴代三宝記』/『開元釈教録』
  • 巻二 『高僧伝』/『続高僧伝』/『宋高僧伝』
  • 巻三 『弘明集』/『広弘明集』/『法苑珠林』/玄応『一切経音義』/慧苑『華厳経音義』
  • 巻四 慧琳『一切経音義』/希麟『続一切経音義』/『輔行記』/『景徳伝燈録』/『五燈会元』
  • 巻五 『宝林伝』/『北山録』/『伝法正宗記』/『釈門正統』/『仏祖統紀』/『法蔵砕金録』/『道院集要』
  • 巻六 『禅林僧宝伝』/『林間録』/『羅湖野録』/『仏祖通載』/『釈氏稽古略』/『神僧伝』/『大蔵一覧』/『法喜志』/『長松茹退』/『呉都法乗』/『南宋元明僧宝伝』/『現果随録』

目録学の基本書、『四庫全書総目提要』の内容を基準として、それに補正を加えるスタイルで上記の仏教関連書籍を解説しています。陳氏の考証は着実、学風は端正で、今なお輝きを失っていません。

「民国時代の優れた学術成果について、我が国の漢学は十分に吸収出来ていないのではないか」、と常々遺憾に思ってきましたが、このような名著の翻訳は、研究者へのよい刺激となるとともに、読書界の渇を癒すものでもあるに違いありません。

日本語版の「訳者あとがき」によると、西脇氏が学生諸氏とともに訳稿を作られたのを基礎とし、西脇・村田両氏があらためて訳注を検討し、統一をはかり、注記も大幅に加えて成稿を得たもの、との由。よく練られた訳文からは、陳垣の語気まで伝わるようです。この日本語版の登場を心より喜んでいます。

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『仏典はどう漢訳されたのか』


出版されたばかりの、船山徹『仏典はどう漢訳されたのか―スートラが経典になるとき』(岩波書店、2013年12月)を読みました。

仏教が中国にはじめて伝えられたのは、前漢時代のことであったようですが、後漢時代、二世紀ごろにもなると、いくつもの仏教経典が漢語に翻訳されるようになります。「漢訳仏典」と呼ばれるものです。本書は、翻訳文献としての漢訳仏典に焦点を合わせた、はじめての本格的な概説書です。

長い歴史を持ち、現代にも生きている漢訳仏典。葬儀や法事で僧侶があげるお経や、『般若心経』の写経などを通じ、日本人にとっても馴染み深いものです。また「縁起」「輪廻」「世界」などのことばも、すべて漢訳仏典に由来します。

そんな親しみのあるものについて、総括的な概説書がこれまでなかったことは、奇異にすら感じられるかもしれません。しかし、漢訳仏典の概説を書くためには、並外れた力量が必要で、インド・中国のみならず広く諸地域の仏教に通じ、語学的にも、サンスクリット・パーリ語などのインド語、漢語(文言文と現代漢語)、古いチベット語、さらには英語・ドイツ語などの現代のヨーロッパ諸言語を自在に操る学者でなくては、この仕事はしおおせぬことです。ようやく「其の人」が出現したのです。

インドからやって来た仏教は、漢人に大きな衝撃を与えました。それまで接触してきた「夷狄」とは明らかに異なる、押しも押されもせぬ大文明との邂逅。それは、はじめての経験でした。しかもそれが宗教であったことは、とりわけ重要です。宗教は、信念のみならず、生活や文化全般に大きなインパクトを与えるからです。

中国は、インドの宗教を如何に受け入れたのか。これが本書のテーマです。以下の構成により、翻訳としての漢訳仏典の真相が解き明かされます。

  • 第1章 漢訳という世界へのいざない―インド、そして中国へ
  • 第2章 翻訳に従事した人たち―訳経のおおまかな歴史
  • 第3章 訳はこうして作られた―漢訳作成の具体的方法と役割分担
  • 第4章 外国僧の語学力と、鳩摩羅什・玄奘の翻訳論
  • 第5章 偽作経典の出現
  • 第6章 翻訳と偽作のあいだ―経典を“編輯”する
  • 第7章 漢訳が中国語にもたらしたもの
  • 第8章 根源的だからこそ訳せないもの
  • 第9章 仏典漢訳史の意義

漢人から見れば外国人に当たる僧侶たちの活躍や、中国人による仏典「編輯」の問題、何とかして原典の意を尽くそうとする翻訳者たちの苦悩、新たな仏教語の導入により新しい色彩を与えられた中国語の様相などなど、内容は豊かで、しかもグローバル化しつつある現代社会にも通じるテーマです。

第8章「根源的だからこそ訳せないもの」は、特に興味深く読みました。たとえば、「聖」の一語をとっても、中国が如何に仏教を摂取したのかという問題や、さらにはその後、唐代にキリスト教(ネストリウス派)がやって来たときにも、仏教語の一環としての「聖」なる語が用いられた事実が提示されており、翻訳という行為の深みを感じることができます。

漢訳仏典は、そのように実に重層的に成り立っているわけです。本書は、その重層性を生み出した背景を全面的に開示したものと言えます。

インドも中国も、日本人からすれば外国のことではありますが、どちらも我々の生活や考え方と切っても切れない文化です。現代の気鋭の日本人学者により、本書が我々日本人に向けて書かれたことに、大いなる意義を感じました。

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